松尾潔 『松尾潔のメロウな季節』

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松尾潔のメロウな季節 (Rhythm & Business)
松尾 潔
スペースシャワーネットワーク (2015-06-26)
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西寺郷太の『プリンス論』における語り口の特徴として、プリンスがアメリカの音楽シーンに対してどのようなアクションを取っていたのか、という文脈が丁寧に語られていることがあげられる。そこではプリンスと白人リスナー向けのロック、あるいはプリンスとマイケル・ジャクソンというコントラストをはっきりと感じることができて面白い。

しかしながら参ってしまうのは、90年代に入ってからの話。一般的にはプリンスの迷走期として評価される時期ではあるが、西寺はそこにもプリンスの戦略を見出し、積極的な評価をおこなっている。このときプリンスが誰と対峙していたのか。参ってしまうのは、このあたり。当時のR&Bシーンを賑わせていた売れっ子プロデューサーたちの名前があがっているのだが、当時の音楽については知識ゼロに等しいし、「ニュー・ジャック・スウィング」と言われてもわからない(80年代まではそこそこわかるのに)。LA・リード & ベイビーフェイス、ジミー・ジャム & テリー・ルイス、テディ・ライトというプロデューサーたちの名前にもピンとこない、という感じのありさまだった(西寺は丁寧に説明しているのだけれど)。

たまさか次に読んだ音楽プロデューサー、松尾潔の『松尾潔のメロウな季節』に収められた文章には、90年代にヒットしたR&Bアーティストと、こうしたプロデューサーの関係が筆者のあまやかな回想とともに語られていた。『プリンス論』でわたしがわからなかった部分にアクセスできる良い巡り合わせだ。

本書ではアーティスト自身にもフォーカスは当てられているのだが、それと同等か、それ以上にプロデューサーがなにをしていたのか、どのように音楽が作られたのか、そしてそれがマーケット的にどのような狙いがあったのかが語られる。

これは強烈に音楽シーンの変化を印象付ける文章だ。天才的なアーティストによってシーンがガラリと変わってしまうような時代ではなく、アーティストとプロデューサー、さらにはレコード会社のスタッフのチームによってヒットが作られる時代へ、という変化。筆者はそういう状況を回想し、そして90年代のリアルタイムに書かれたライナーノーツではまるでドキュメンタリーのように描いている。もちろん90年代にも天才は登場し、シーンには変化がもたらされてきた。しかし、その影にはその天才を世に送り出すバックアップの力が欠かせなかった、という印象を本書から受ける。

こうした変化は音楽産業の「産業としての成熟」とも言える。『プリンス論』の話に戻れば、そうした成熟に対してプリンスはガチで反抗していたのだろう、ということがわかる気がする。90年代に対する筆者のあまやかな回想をなにひとつ共有できない(が、文章自体は大好きだし、筆者の体験談もめちゃくちゃ面白い)読者のひとりとしては、そういう読み方をしてしまった。Apple Musicで本書にでてくるアルバムを細かくチェックできるんだけれども、これが当時のヒット曲だったのかあ、ぐらいの感想しか出てこなくて。「良い」んだけれど。

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