本当はカッコ良いヴィオラについて

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 クラシックの世界においてヴィオラという楽器は「虐げられる楽器」ということは、おそらくクラシックの世界に足を踏み入れた人間でない限り知ることのない事柄でしょう。しかし、それは事実です。例えば、こんなジョークがあります――「ヴァイオリンとヴィオラの違いは?――ヴィオラのほうが長く燃える」。「ビオラと玉葱の違いは?――ビオラを切り刻んでも涙を流す人はいない」。

 こんな冗談を言われ、ヴィオラ奏者の方々は卑屈になったりしていないでしょうか。「ヴァイオリンやチェロみたいに綺麗なメロディが回ってこないし……」、「内声ばっかりでつまらない……」と自分がヴィオラという楽器を選択したことを後悔することもあるかもしれません。しかし、そんな必要はありません。今日は隣に並んだヴァイオリンやチェロの人に「ごめんね…今日も音程悪くてヴィオラにばっかり練習の時間とらせちゃって……」と後ろめたい思いを抱いているヴィオラ奏者の方々、そしてヴィオラという楽器を良く知らない方々のために、素敵な動画をご紹介いたします――「ヴィオラは地味な楽器?」それが誤解だということを納得していただけるはずです。




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 まずは20世紀前半に活躍したヴィオラ奏者、ウィリアム・プリムローズによるニコロ・パガニーニの《24のカプリース》。長いクラシックの歴史のなかで、ヴィオラという楽器は独奏楽器としては見られていませんでしたが、彼の登場とともに一躍ヴィオラに注目が集まり、作曲家がこの楽器のために協奏曲を書くようになりました。そのような意味で、プリムローズは「新たなヴィオラ像の開拓者」と呼ばれるべき存在でしょう。


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 ベラ・バルトークのヴィオラ協奏曲もプリムローズのために書かれた作品の一つです(動画は演奏のダイジェスト)。残念ながらバルトークはこの曲のスケッチを残して、他界してしまうのですが(死後に弟子によって補完されています)、遺作に相応しい素晴らしくカッコ良い作品です。とくに第3楽章の民族舞踏っぽい部分などは「バルトーク」という存在を総括するような内容。


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 現役のヴィオラ奏者のなかでトップの人気を誇っているのがロシア出身のユーリ・バシュメット。このモーツァルト《シンフォニア・コンチェルタンテ》では指揮もこなしながら、ヴァイオリンのマキシム・ヴェンゲーロフと共演しています。バシュメットは非常に濃厚な歌いまわしをする人なのですが、この演奏では最初のほうでヴァイオリン独奏からメロディを受け継ぐときにヴェンゲーロフの変なアコーギクを聴いて、明らかに戸惑っているのが面白い(演奏にかなり迷いが見られる)。


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 バシュメットを困惑させるほどの才能を発揮しているヴェンゲーロフですが、この動画ではウィリアム・ウォルトン(イギリスの作曲家)のヴィオラ協奏曲を弾いています。顔で楽器を弾いている姿が面白すぎなんですが、このようにヴァイオリン奏者がヴィオラも弾くというのは珍しくありません。ただ、やはり「ヴァイオリンの片手間感」は出てしまい、ヴァイオリン奏者はヴィオラをヴァイオリンのように弾いている、というのは問題。先のバシュメットの音色と比較していただきたいのですが、全然ヴィオラ特有の「渋い音色」が出ていません(キンキンとした高音部ばかりが耳につく)。


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 ヴィオラための作品で忘れてはならないのがドミトリ・ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタ(これは彼が書いた最後の作品でもあります)。動画で聴けるのは音楽が激しい箇所ですが、もっと静かな箇所の音楽が素晴らしい。ヴィオラが最も響きを発する中低音域で祈るようなメロディを奏でるところに、ベートーヴェンの《月光》の引用が重ねられるところなどは背筋に電撃が走るほど深い美しさだと思います。この動画で演奏しているのは、Olga Goijaというラトヴィア出身の演奏家。

 彼女の演奏はYoutubeに数々アップされておりますがオフィシャルサイトでも音源を聴くことができます。パウル・ヒンデミットのヴィオラ・ソナタ、ベンジャミン・ブリテンの《ラクリメ》など20世紀に書かれたヴィオラのための重要な作品が聴けるようになっているのは貴重。ですが、演奏の質は骨太な容姿に比べると線が細いし、音程も怪しい……。


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 最初に書きましたとおり、独奏楽器としてヴィオラへ注目が集まったのは20世紀以降。なので、ヴィオラのための作品は難易度が高いものが多く、逆に「有名な曲」の数は多くありません。この動画で聴くことの出来るフォーレの《夢のあとに》は、チェロによって演奏されることが多い作品ですが、このようにヴィオラによって演奏されるのはある意味レパートリーが少ないヴィオラ奏者の「苦肉の策」と言えるものでしょうか。

 ちなみに演奏しているアンナ・セローヴァさんはバシュメットに「室内楽の世界で特別な個性をもった奏者」と言われたというシベリア出身の演奏家だそうです。



VIOLA LEGEND~ユーリ・バシュメットの軌跡
バシュメット(ユーリ) ブラームス ムンチャン(ミハイル) シューマン エネスコ ショスタコーヴィチ ブルッフ ヤルヴィ(ネーメ) ロンドン交響楽団
BMG JAPAN (2003/10/22)
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 さて、ここからは本日紹介した作品を収録したCDなどを紹介いたします。まずは先ほども登場しましたバシュメットのCD2枚組。現在、彼はドイッチェ・グラモフォンに所属しているのですがこれはBMG時代の録音を集めたものです。ショスタコーヴィチ、レーガー、ブラームス(クラリネット・ソナタの編曲)、ヒンデミットによって書かれた名曲がズラリと並んだお得仕様。渋い音色で、絡みつくような歌いまわし……という濃い演奏が堪能できます。どうでも良いですけど、アマゾンを見ると約3年前に私が書いたレビューが掲載されていて恥ずかしい……。



Bartok: Concerto for viola; Movement for viola & orchestra
Bela Bartok Peter Eotvos Gyorgy Kurtag Peter Eotvos Netherlands Radio Chamber Orchestra Kim Kashkashian
Ecm (2000/06/05)
売り上げランキング: 29377



 こちらはバルトークのヴィオラ協奏曲を収録したもの。ヴィオラ独奏をつとめるのは、アルメニア系アメリカ人の女性ヴィオラ奏者(美人)、キム・カシュカシャン。彼女の演奏は、バシュメットとは180度異なったタイプで非常にドライ。研ぎ澄まされた音色で演奏されるバルトークは、クールに攻められる快感を呼び起こします。



ヴィオラ・ブーケ
ヴィオラ・ブーケ
posted with amazlet on 07.03.17
今井信子 ポンティネン(ローランド) チャイコフスキー フォーレ エルガー ブロッホ クライスラー
ユニバーサルクラシック (2000/04/26)
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 有名な小品などをヴィオラのために編曲したアルバムを多く出しているのは、日本人ヴィオラ奏者、今井信子。この人は、ベルリン・フィルの首席ヴィオラ奏者になったことで以前注目を浴びた清水直子の先生にあたる演奏家です。演奏スタイルとしては、中庸派。バシュメットとカシュカシャンの間を取るとしたらこのような演奏になるでしょうか。フォーレの《夢のあとに》を収録したこのアルバムでは、しっとりと名小品を歌い上げています。



Schnittke: Konzert fu
Giya Kancheli Alfred Schnittke Dennis Russell Davies Beethovenhalle Orchestra Saarbrucken Radio Symphony Orchestra Kim Kashkashian
Unknown Label
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カンチエーリ : ステュクス / グバイドゥリーナ : ヴィオラ協奏曲
バシュメット(ユーリ) ゲルギエフ(ワレリー) キーロフ歌劇場管弦楽団 サンクトペテルブルク・キーロフ室内合唱団 カンチェーリ グバイドゥーリナ
ユニバーサルクラシック (2002/03/29)
売り上げランキング: 10390



 動画は紹介できませんでしたが、この2枚もオススメ。1枚目はギヤ・カンチェーリの《風は泣いている》、アルフレート・シュニトケのヴィオラ協奏曲、2枚目はカンチェーリの《ステュクス》、ソフィヤ・グバイドゥーリナのヴィオラ協奏曲を収録したものです。どちらも全てここ20年の間に書かれた重要なヴィオラ作品。この4曲全てがユーリ・バシュメットのために書かれたという事実も驚きなのですが、ヴィオラの能力を限界まで引き出すような書き方もまた驚き。シュニトケ、カンチェーリ、グバイドゥーリナ……と旧ソ連でポスト・ショスタコーヴィチの作曲家と呼ばれる3人が集まったところに私の趣味が出てしまっていますが、本当に素晴らしい。




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