野村誠『音楽の未来を作曲する』

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 晶文社のサイトで連載されている野村誠(作曲家)のコラムが面白い。第二回は、この作曲家がこども時代に作曲した曲、それから大人になった現在、こどもと一緒に作曲することについてが綴られている。



現代音楽を演奏すると、子どもは興味深そうに集中して聴く。フリージャズ風の即興演奏などは、バカ受けする。




「子ども向けの曲」=「子どもの知っている曲」ではないのだ。子どもたちに懐メロは存在しない。子どもは知らない曲を次々に吸収していく。全ての曲は最近覚えた曲なのだ。



 このあたりにこども的な理解(=ミメーシス)の正しさがあるような気がする。


 これを読みながら、私はこどもの目の前で爆音のブラームスを聴かせてみたい、と思った。一般的に「渋い」、「暗い」といわれるブラームスの交響曲だけれども、私はその渋さではなく「リズムの面白さ」(強迫的なシンコペーション、表拍に聴こえる裏拍など)に注目していて、ずっと「ブラームスはダンス・ミュージックなんだって!《春の祭典》がブレイク・ビーツならブラームスはJB!!」と吹聴しているのだがどうにも相手にしてもらえない。


 こどもならブラームスを全く違った風に捉えるはずだ。短絡的な想像に過ぎないけれども、「渋い旋律」よりも「激しい律動」にこどもは反応するのではないだろうか。その身体的な理解は絶対的に正しいもので揺るぎない。爆音のブラームスで踊るこどもたちの姿こそがブラームスの「ダンス・ミュージック性」を立証するものとなるだろう。





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