ダーティハリーをシリーズ全部観るよ #1

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 「そういえば『ダーティハリー』って最初のヤツしか観てないな」と思い、とりあえず「1」~「3」までソフトを買ったのだった。律儀な性格であるため「1」から観て行く。何度も観てるけど、スコルピオの太ももにナイフがグッサリ刺さるシーンは笑うなぁ……。「イ゛ィィィィッ!!」ってちょっと聞いたことがない声である。



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 続いて「2」を観たんだけど、この「1」→「2」の流れはとても面白かった。映画は街で大きな顔をしているギャングの親分が証拠不十分で釈放されるところから始まる。「なんで釈放なんだ!」とサンフランシスコの市民はすごく怒って暴動みたいになる。「アイツは悪いヤツだと決まってるんだから、捕まるのが当たり前だ!」という民意がここで提示される。その民意に応えるように暗躍する武装警察官、街の掃除屋と言わんばかりに悪人を(不法に)殺しまくるこの警官をハリー・キャラハンが追う!……のだが、「2」の犯人はハリー・キャラハンと行動原理があんまり変わらないのであった。つまり「2」の犯人はキャラハンと鏡の関係にある。どちらも大変な正義漢だ。悪いヤツが死ぬのは当たり前だし、率先してブッ殺すべきだと思っている。実際、犯人は「俺の気持ちがわかるだろ? 仲間になれよ」と持ちかける。しかし、キャラハンはその提案を拒否する。とくにキャラハンが葛藤とかなく拒否しちゃうので、なんか勿体無い気もするが、とにかくキャラハンは原理主義的な正義の行使に加担せず、犯人と戦うことを選択する。





 「悪いシステムでも、それがシステムとして機能している限り、守るべきである(大意)」とキャラハンは言う。これはすごく微妙な発言だと思われて、すごく気になってしまった。だって「1」のキャラハンはこんな線引きしてないんだもん。「1」のキャラハンは、システムを前にして上手いこと正義を振りかざすことができず、クビを覚悟で犯人に立ち向かうが、ここではまるで間逆なことを言っている。「1」の犯人は狡猾な異常者だったから、違法行為が許されたのか? それとも「2」の犯人は目的のためには罪がない人にも犠牲を払わせていたから、許せなかったのか? あるいは「散々危険な目にあわせといて、今更仲間になれなんて虫が良すぎるっつーの!」という怒りがあったからか? いずれにせよ、キャラハンの振る舞いは大変微妙なものに思えた。「身の程を知れ」と彼は犯人に忠告する。ここにはシステムを超越して、神的な視点から正義を行使することはできない、という内在的なメンタリティが見え隠れする。しかし、キャラハンはシステム的に正しい手順を踏んだりしない。この態度をどのように受け取って良いのかとても迷ってしまったのだった。友達の元奥さんに誘惑されたり、初めて会って30秒ぐらいでアジア系の女性から「寝てくれない?」と誘われるなど、ストーリーとあんまり関係ないキャラハンのモテっぷりも気になる。システムから超越できない、と言いつつイーストウッドは軽々と超越してるような気もする。イーストウッドだから、なのか?





 ラロ・シフリンのスコアは「2」になってパワー・アップ。オープニングのテーマなんかリターン・トゥ・フォーエヴァーみたいだ。





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