歴史が「歴史学」でなかったころ(Anthony Grafton 『What was History?: The Art of History in Earyl Modern Europe』)

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What Was History?: The Art of History in Early Modern Europe (Canto Classics)
Anthony Grafton
Cambridge University Press
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プリンストン大学のアンソニー・グラフトンは、インテレクチュアル・ヒストリー界のトップ・スターのひとり(最近また新しい本を出して、ネット上にインタヴュー記事が載っています)。『What was History?』はズバリ「歴史とはなんだったのか?」をめぐっておこなわれたグラフトンの2005年の連続講演を元にした本です。このタイトルはE. H. カーによる大変有名な著作『歴史とはなにか』を下敷きにされている(どちらの本も元になった講演はケンブリッジ大学でおこなわれたものです)。カーが現在形で語る通り、その時点での歴史学について議論しているのに対して、グラフトンは過去の歴史学、つまりは歴史学史(とくに初期近代の)を扱っています。奇しくも最近、連続して知的な営みの歴史についての本を読んでいるのですが、これも面白かった。ただ、講演を元にしている本のせいか議論のスピードが速く、自分の英語力のせいもあって結構読み飛ばしてしまいましたが……。

本書が辿る道筋はおおよそ、このようになるでしょう。ギリシャ時代、ローマ時代、中世を経て、初期近代までに歴史はどのように扱われ、どのように変化していったのか。現在、歴史は「歴史学」という独立した学問として扱われていますが、16世紀のイタリアで勃興した「Ars Historica(直訳すれば『歴史術』でしょうか)」と入れ替わるようにして成立したと言えるものです。歴史術以前の歴史は常に、なにか他の学問ジャンルの下位に属していたことが本書では指摘されています。

例えば、キケロの時代の歴史は、弁論術の下位ジャンルであり、それは弁論者の弁論の説得を支える目的の下で探求されていました。言わば、弁論の飾り付けでしかなかったわけです。これが歴史術の興りとともに、だんだんと独立性をもちはじめる。また、それと同時に古代ローマのテキストや聖書のテキスト記述に対して懐疑的な検証のまなざしが込められるようになっていく。そのムーヴメントのなかで、本書が最も重要視しているのは、フランスの政治哲学者、ジャン・ボダンです。彼が歴史術を重要視したのは、その知識が国家を治めるための法制度を理屈付けたり、整備するために有用であると判断したからでした。歴史術も、ボダンにとっては結局のところ法学の下位ジャンルでは……とも思われるのですが、その目的性が公的なものと強く結びつき始める性格の違いを意識しなくてはならないでしょう。ここにこそ、なにかのための歴史術が独立・分化し、歴史学へとテイクオフできたキッカケがあるように思われるのです。

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