『ユリイカ』2014年7月号「特集 ガルシア=マルケス: 『百年の孤独』は語り続ける」

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ユリイカ 2014年7月号 特集 ガルシア=マルケス -『百年の孤独』は語りつづける-
野谷文昭 ヤマザキマリ
青土社 (2014-06-27)
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恐ろしく久しぶりに『ユリイカ』を買ったのは特集がガルシア=マルケス追悼特集だったから。『百年の孤独』と『族長の秋』、この2冊の小説があまりに好きすぎるばかり「ガルシア=マルケスは全部読んでます!」というぐらい熱を持って接してきたわけではないのに、わたしの好きな小説家ランキングTop3に入ってくるぐらい好きな、このコロンビア出身のノーベル文学賞受賞作家は今年の4月に亡くなった。アルツハイマーをわずらって以降、もう書けなくなっているのは親族が伝えていたから、亡くなったときはショックというよりかは「ああ、なんだか寂しいなあ」という思いがした。

本特集には、さまざまな作家や評論家がこの作家に対する思いを寄せているのだが、そうしたラヴ・レター的な文章は、割とどうでも良い。まず面白いのは野谷文昭や、鼓直、木村榮一、旦敬介といったラテンアメリカ文学を日本に紹介してきた翻訳者たちによって語られた作家に関するエピソードで、なかでも『百年の孤独』を執筆中に、アウレリャノ・ブエンディアを死を書くことが怖くなり、ついにその死まで到達してしまうと、自分の創作したキャラクターのために号泣してしまった、というものが印象残った。それからエクトル・アバッド=ファシオリンセによる追悼文も面白い。筆者はガルシア=マルケスとも親交があったコロンビアの作家だそうで、ガルシア=マルケスに対する評価が「平熱」で書かれている。とくに作家の政治性に関しての指摘(カストロと仲良しだった、など)は、文学者に対するある種の平和的偏見(作家はみんなヒューマニズムを持っている、的な。そのとき、石原慎太郎みたいな作家の存在は忘れられているのである)を壊すようだ。

ロベルト・ボラーニョの翻訳者、松本健二による文章も「ラテンアメリカ文学」というジャンルを考えるうえで、とても参考になる。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』は確かに大傑作だが、この一冊のおかげで南米文学に対するイメージが「マジック・リアリズム」として既定されてしまい、南米の作家には「ラテンアメリカ文学」というブランドからあえて距離をとる人たちがいるとのこと。しかし、そこには「読者が求めているのはなんだかんだ言ってマジック・リアリズム」という状況もあるし、マジック・リアリズムじゃないのにマジック・リアリズムとして読まれてしまう、という事情もある。これは『百年の孤独』の商業的成功が生んだ弊害なのであろう。なにせ、日本では焼酎の名前にも借りられてるぐらいだし。

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