松尾潔 『メロウな日々』

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松尾潔のメロウな日々 (SPACE SHOWER BOOKS)
松尾 潔
スペースシャワーネットワーク
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宇多田ヒカルだとかSPEEDといったアーティストによる90年代半ばの大ヒットアルバムを聴きなおして、彼女たちの裏側に松尾潔という人がいたことを知ったのはここ最近のことで、それからぼんやりと90年代以降の日本のポップ・ミュージックにおいて、小室哲哉とともに(というかそれ以上に)重要だったのは、松尾潔だったのではないか……と考えていたのだけれど、氏による具体的な仕事には触れられないままであった。氏がプロデューサーとして活躍しはじめる前の、90年代のR&B、そして当時のラジオ・パーソナリティ/音楽ライターとして活動していた頃の記憶/記憶をまとめた本書の存在を知ったのは、山下達郎が序文を書いていたからだった。とはいえ、90年代のR&Bについてほとんど無知に近い私は、本書に出てくる固有名詞のほとんどを知らないまま読むことになる。けれども、2010年代になって書かれた、90年代の自らの活動を振り返っていく文章の、シニカルだが、まさにメロウでスムースな印象がとても好ましかった。1968年に生まれた筆者の20代の青春がおおよそ詰まっている、と言って良いだろう。自らの過去と、音楽との関係について書かれた文章の多くが感傷的で、しみったれている。しかし、過去を振り返るという行為そのものにそのしみったれ具合がつきまとうとはいえ、この文章はどこか、スポーツ選手の回顧録のように気持ちよい。そして、90年代に筆者によって書かれたライナーノーツの文章の再録とかけ離れたテンションと比べるのも面白い。それはどこかスポーツ紙的というか、風俗情報のように綴られた、読んでいて恥ずかしくなるような文章だ。今から20年ほど前に、20代の若者が書いたものにはとても思えない。けれどもそれは当時の日本のR&Bの受容において「蓮實重彦よりも淀川長治が必要だった」という筆者の信念のあらわれだったのだろう。さまざまなミュージシャンとの、時に奇跡的な出会いに関する文章も面白く、ジェイムス・ブラウンにめちゃくちゃ深い話をされたり、クインシー・ジョーンズに説教されたり、という若さ故のエピソードはR&Bファン以外にも響くものだろう。

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