グレン・グリーンウォルド 『暴露: スノーデンが私に託したファイル』

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暴露:スノーデンが私に託したファイル
グレン・グリーンウォルド
新潮社
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訳あってエドワード・スノーデンに関する本を読む。著者は彼に最初に取材したジャーナリスト。本書は暴露記事が仕上がるまでと、暴露された資料についての解説、あとは行き過ぎた監視社会への批判、それからアメリカのジャーナリズムへの批判の4本立てで構成されている。ぶっちゃけ、スノーデンがメインとなっているのは最初だけで、最後のジャーナリズム批判なんかスノーデンを出汁にマスコミ批判をしているだけ。アメリカの情報監視システムについても、恐ろしさや気持ち悪さを感じさせるだけで「まあ、これぐらいはやろうとすればできるだろうな」とそんなに驚きはない(アメリカ製の通信機器に盗聴用のパーツを仕込んで輸出するとか、地道なことをやっているのはちょっと面白いけれど)。監視社会批判もミシェル・フーコーのパノプティコンが〜とかお決まりのことしか書いていないし。

逆に集めた情報をテキスト・マイニングの手法で分析し、犯罪予告をおこなうシステムができている! とかだったら、すごく面白いし、アメリカのエンジニアすげーな、という話なんだけれど、実際は集めた情報をFBIやNSAやCIAといった当局側が上手く使えていないことがわかる。情報を勝手に集めている、というのは間違いなくプライヴァシー権の侵害だ。しかし、直接的な暴力の行使や介入の手段はできていない。個人的には、そんなレヴェルだったら「気にしなきゃ済む話なのでは……?」と感じてしまったし、将来的に開発されるのであれば犯罪予告システムがあるのなら、情報監視を続けてもらったほうが未来感があって良いんでは、と思う。

今もG-mailの内容なんかは広告表示や検索結果の最適化のために分析されちゃってることを認識しながら、ネットのサーヴィスを利用しているじゃないですか。それを考えると、アメリカの当局も、利用目的を明文化して「犯罪捜査のためにネットや電話の利用状況は監視させてもらってます!」とか言ってれば良かったのか? とも思うし、またGoogleだと許容できるのに、当局だと許容できず、監視する主体に悪しき意志を想定してしまう心理のほうが気になってくる(その悪しき意志の想定は陰謀論者っぽい)。中央集権的なビッグ・ブラザー的主体よりも、無数の市民の集合意識というか、Twitterとかでの炎上案件を市民がこぞって潰しにいくリトル・ピーブル的主体のほうが恐ろしいですよ、わたしは。

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