ガブリエル・ガルシア=マルケス 『コレラの時代の愛』

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コレラの時代の愛
コレラの時代の愛
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ガブリエル・ガルシア=マルケス
新潮社
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ガルシア=マルケスがなくなってもう1年以上が経っていた。だから、というわけではないのだが『コレラの時代の愛』を読了。これまで読んだガルシア=マルケスの長編では『百年の孤独』、『族長の秋』のどちらも大好きだが、ひょっとするとこれまで読んだガルシア=マルケスの作品でこれが一番好きかもしれない。一番好き、というか、今の気分にちょうどマッチしていた。

かつての恋人を51年9ヶ月と4日にわたって待ち続けた狂気じみた男性の片想いと、待たせている女性とその結婚相手の長きにわたる愛の育み……2人の男性と1人の女をめぐる三角関係……と物語の主題を要約してしまうと、とても陳腐なものになってしまうのだが、濃密な描写や「そんなバカな!」とおもわず快哉を叫びたくなるような面白エピソードの積み重ねによって物語が進行していく。読みながら何度も大笑いをしてしまったが、この物語を遠くから眺めると深い感動を呼び起こされてしまう。ちょうどこないだ見た冨永昌敬の『ローリング』も、近くで見るとバカバカしいホラ話のあつまりみたいなのに、遠くから見ると大感動作だったように。

51年9ヶ月と4日待ち続けた男は、ただ単に待ち続けたのではなく、成就できなかった愛の望みを埋めるようにして様々な女性と関係を持つ。そのドン・ファン的なセックス大冒険(しかし、この狩人はドン・ファンのように男性的な魅力によって女性を支配するのではなく、みすぼらしさによって女性の母性愛をくすぐりながら女性をものにしていく)が面白く、書かれているだけでも2人の女性はこの男のせいで死ぬところや、おしゃぶりをしないと絶頂に達することができない性癖の女性がでてくるなど、ヒドくて最高なのだが、しかし、もっともわたしが惹かれたのは、その危険な狩人を待たせている女性の夫婦愛のプロセスだった。

怪しい商売で財をなした父親のもとで、淑女として教育された美しい女性、フェルミーナ・ダーサと、ヨーロッパに留学経験を持ち、名声も得て、家柄も外見も素晴らしい医師、フベナル・ウルビーノ。フェルミーナ・ダーサとフベナル・ウルビーノの結婚はだれからも祝福されてしかるべきものだったが、ふたりは運命的な愛の確信をもって結婚に至ったわけではなく、お互いに「この相手だったら、愛をはぐくめるのではないか」という予想のもとで結婚に至る、というところがまず良い。愛がふたりを結びつけるのではなく、結ばれた時点では愛ゼロのスタートなのだ。

ふたりの長い結婚生活は、老年のフェルミーナ・ダーサによって「しょっちゅう喧嘩をし、いろいろな問題に悩まされ、本当に愛しているかどうかも分からないまま何年もの間幸せに暮らすことができるというのは、いったいどういうことなのかしら」と振り返られることになる。こういう夫婦の感覚が、今のわたしにはすごくリアリティをもって感じられたのだった。もちろん、フェルミーナ・ダーサとフベナル・ウルビーノほど長い結婚生活を経験しているわけではない。けれども作中で語られる「風呂場の石鹸がない」とか本当にくだらないきっかけで夫婦の最大の危機が訪れるエピソードなど、ぞっとするぐらいリアルに感じる。そうそう、リアルな結婚生活ってそういうことだよね、と思う。麻薬的に陶酔をもたらす愛の関係などがずっと続くわけではない。

フベナル・ウルビーノの不倫のエピソードもすさまじく良かった。初老にさしかかった頃にたまたま出会った混血の美女(もちろん年は自分よりもずっと若い)の肉体にのめり込んでしまい、他のことはなにも考えられなくなる激情的なハマり方の不倫。しかし、不倫している彼に妻への罪悪感がなかったわけではなく、むしろ、罪悪感をめちゃくちゃ感じているのに混血の美女のもとへと通わざるを得ない……という身と心が引き裂かれるような苦しい不倫なのである。自分ではコントロール不能だから早いところバレてしまってほしいと願いながら、不倫に勤しむ、というハチャメチャぶりは、さながら逮捕を望みながら薬物を乱用する覚せい剤中毒者のようだった。

ロマンティックな愛(51年以上待ち続けるだとか、引き裂かれるような不倫経験)と、日常的な愛(実際愛してるのかよく分からなくなりながらも続いていく生活)というふたつの愛の種類が描かれている、と思う。こないだ結婚したわたしの弟にオススメしたい小説。

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