ジャズの前提は感情/印象なのか

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 1930年代に創刊されたアメリカのジャズ雑誌『ダウン・ビート』の90年代までの記事を集めたアンソロジーに収録された、1970年代の記事を読み直している。70年代までにジャズ界ではドルフィーが死に、コルトレーンが死に、アイラーが死に「フリー・ジャズ」はほとんど地下にもぐってしまっている。そこでジャズはその外部を取り込み――つまりロックやソウルとフュージョンしはじめる。


 フュージョンといえば、その代表は何はともあれウェザー・リポート。ウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルという超一流ミュージシャンがバンドを結成したのは1971年。よくよく考えてみれば、ミュージシャンの名前がグループに反映されていないグループっていうのでも、ウェザー・リポートが「ジャズ的ではないこと」の象徴的要素なのかもしれない。今現在どんな風に「フュージョン」が聴かれてるのかよくわからないけれど、深めのリヴァーブのなかから響くウェイン・ショーターのソプラノ・サックスは最高にエレガントだ。「オーネット・コールマンのプラスティック製サックスも良いけれど、こういうものを愛してこそだよなぁ」とか思ってしまう。「真の男は浮気もする。だけど、必ず家に帰って女房もちゃんと愛せるんだ」とザ・コレクターズの加藤ひさしが言っていて、それが面白かったなぁ、っていうのも思い出す。


 インタビューのなかでジョー・ザヴィヌルがこんな風に言っている。「僕らの音楽を聴いた人たちも、きっと何かしら頭の中にかき立てられるイメージがあるはずなんだよ。つまり、イエス、これはF7、で次のコードは――なんていう聴き方じゃないんだ。僕らの同業者であるミュージシャンたちでさえ、そんな風には(つまり音楽的に解析して)聴いたりはしてない。みんなただリラックスして、色んなイマジネーションを膨らませていて……」。


 これを読んで「もしかしたらジャズの前提に『印象』が先立っていて、むしろそれ以外にすることはないんじゃないか」とか思ってしまった。菊地成孔と大谷能生の本で提唱される「楽理分析から批評をする」という行為はたしかに斬新かもしれないけれど、それが「斬新さ」を失ったとき、果たして「面白い言葉」を紡げるんだろうか、と思う。大体、菊地成孔も「楽理分析」が到達できないイマジネーションの部分であるとかに関しては、精神分析や印象で語ってる(それは)、という印象があるし。



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