ロベルト・シューマン/クライスレリアーナ

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シューマン:クライスレリアーナ
アファナシエフ(ヴァレリー)
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 好きな作曲家にはドイツの作曲家が多いのだが、ロベルト・シューマンは結構自分でも「好きか嫌いかよくわからない作曲家」である。シューマンの音楽は、バッハや(中期の)ベートーヴェンやブラームスのように「次はこうなるだろう」という予測がつかない。こうあるべきだろう、という道筋に音楽が沿って動かないようなところがある。フランツ・シューベルトにも似たようなところを感じてしまって、これもやはり「好きか嫌いかよくわからない作曲家」である。どちらの作曲家についても、好きな作品はいくつかあるけれど、それよりもつかめない部分が多すぎる、そのおかげで「好き」とは言い切れない、そんな感じ。



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 が、今日シューマンのピアノ作品《クライスレリアーナ》をなんとなく聴きなおしていて、この作曲家が胸を張って好きと言える人はきっと、私がつかめないと感じている部分にハマッてしまうのではないか、と思った。とくに、そのつかめない音楽の流れが感情の起伏とリンクして聴くことが可能であるならば余計にのめり込んでしまうのではないだろうか。しかし、そののめり込めるような聞き方ができるのは、人生においてごくわずかな期間に限られるのだろう――感情の起伏が激しい思春期にこの音楽に選ばれなかったとしたら、その後、選ばれる時が来る可能性は限りなくゼロに近いのかもしれない。そういうわけでシューマンは「青春の作曲家」なのだ。たぶん。


 冒頭にあげたワーレリー・アファナシエフによる録音は、おそらく起伏の幅が最も大きい演奏。これに出会っていたら、結構自分の音楽経験も変っていたかもしれないな、なんて思ったりもする。





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