ダンテ・アリギエーリ『神曲(地獄篇)』

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神曲〈1〉地獄篇 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
ダンテ アリギエーリ
集英社
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 2008年に読んだ本を振り返ったばかりだが、まだ2008年は終わっていないので読むのである。年末に相応しい作品というわけではないが、ダンテの『神曲』を。本日はこの3部にまたがる大叙事詩の第1部「地獄篇」を読み終えた。こういった古典はいつ読んでも大抵面白い。この巻では「森を散歩してたダンテが恐ろしい獣に追いかけられて、すっかり森のなかへと迷い込んでしまう。困っている彼のもとになんと尊敬して止まないヴェルギリウス大先生が助けに来てくれた……!」という冒頭から、ダンテとヴェルギリウスの地獄旅行が描かれる。なんとなくBLみたいである(読んだことないけど……)。最後は、ヴェルギリウスの背中にダンテが身を預け、魔王ルシフェルの身体に生えた体毛を一生懸命掴んでルシフェルの身体をロッククライミングのようにして這い下り、地球の反対側に降り立つところで終わるのだけれども、このシーンなどいつ「ヘヴン状態!」が訪れるのか……という展開だ。ダンテにとってヴェルギリウスの存在は頼れる先生であり、ほとんど父親のようにも描かれる。ことあるごとに作者はこの古代ローマ詩人を褒め称えるのだが、こんなところからもリスペクト具合が読み取れよう。





 やはり面白いのは、道中でダンテが観察する地獄の様相である。中世キリスト教の世界観のなかに、歴史や神話の体系をごっそり嵌め込んで再構築しなおしたようなところがあって、これが本当に面白い。ダンテは地獄の様々な階層で、色んな人が呵責に耐えているところを観察するが、これらのほとんどが歴史上の人物であったり、ダンテが生きていた時代の人物であったりする。後者についての部分は少し退屈しなくもないが(とはいえ、訳者による詳細な註で概略を掴むことができる)、前者は大変読み応えがある部分である。そこではキリスト教の洗礼を受けていない人物ならば悪いことをしていなくても、地獄の辺境に送り込まれ永遠にやってこない救済について嘆き続けているし(ヴェルギリウスも普段はここで嘆いている人物のひとりである)、マホメットなんかも出てきて「地上に戻ったら、俺はこんなにひどい目に会ってるって皆に伝えてくれ!俺、やっぱり間違ってたわ……」みたいなことをダンテに伝えたりする。このあたりにキリスト教的世界観という解釈コードの強固さを感じてしまった。ギリシャやローマの神話を取り込むことによって、コードはより強固なものとなっている。地獄描写もかなり恐ろしく、こどもの頃にこんなものを読まされたら絶対に悪いことができなくなってしまいそうな気もする。





 あと地獄の辺境(辺獄、リンボ)でホメロス、ホラティウス、オウディウス、ルカヌスと言った名高い詩人たちに出会ったダンテが、ヴェルギリウスを含めた彼ら5詩聖の仲間に加えられる栄誉を預かって大喜び、というエピソードがなんだか好きだ……。





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