感性と解釈;サンソン・フランソワのピアノ演奏から

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Chopin: Piano Works
Chopin: Piano Works
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 ふとしたことがあってサンソン・フランソワが演奏したフレデリック・ショパンの作品を聴きかえした。私はこの20世紀に活躍したフランス人のピアニストがとても好きである。まず、なんと言っても顔が良い。脂肪分が高そうな食事とワインによって豊かに蓄えられたであろう頬の肉と、口の上に乗っかった品の良いお髭はまさに「厭らしいフランス人中年男性(すごく精力絶倫)」といったイメージを見事に具現化したようで、言葉の意味はよく知らないが彼の顔を見ると「エスプリ」という言葉が頭に浮かんでくる――そんなことはかなりどうでも良いのだが、これまで漫然と聞き流すばかりだった彼のショパン演奏をじっくりと聞き返したところ、あまりのすごさに腰が抜けそうになってしまった。


 とくに彼の《4つのバラード》は、聴いていると体の中でふつふつと血が沸くような思いに駆られる。録音されたのは1954年で、音質はかなり悪いのだが(モノラル録音)、軽い砂嵐のようなヒスノイズの中からでも、彼のトーンの美しさは分かる――どんなにテンポが速かろうが、その音色は決して濁らず、常にエレガンスを漂わせているのだ。しかし、この演奏のすごさは強烈なストリンジェンドやルバートによって生まれる波打つようなドライヴ感にあるだろう。鬼気迫る勢い……だが、それをさらっと弾きこなしているような余裕さえ感じる。まさに天才のみに許される別世界の音楽、という風に思う。



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(フランソワによるショパンの「ワルツ」第11番)しかし、そこにはまったく正統性だとか論理性といったものは感じられない。はっきり言ってかなりむちゃくちゃな演奏だ。これはショパンに限らず、彼の演奏全般について同じことが言える気がする。しかし、むちゃくちゃな演奏にも関わらず、それらは素晴らしい演奏だと断言することができる。おそらく現代のピアニストで彼のように演奏できるのは、マルタ・アルゲリッチぐらいのものだろう。ほとんど「のだめカンタービレ」の世界と言っても過言ではない。ショパンの楽譜はここでは解釈されるものではなく、フランソワの感性が音として現実に現れるための媒介に過ぎない。論理的に組み立てられた解釈ではなく、気まぐれによって常に揺れ動く感性をフランソワのピアノには感じる。



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(フランソワによるクロード・ドビュッシーの《喜びの島》)感性的な演奏行為、これは現代においてとても難しいものとなっている気がする。おそらく現代のピアニストは、フランソワのように素朴に演奏することを許されていない。解釈とは、素朴に演奏することができなくなった演奏家の苦しい模索を意味する言葉なのかもしれない。





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