J.G.バラード『太陽の帝国』

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太陽の帝国
太陽の帝国
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J.G.バラード
国書刊行会
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 J.G.バラードの作品を初めて読む。『太陽の帝国』は、この上海生まれのイギリス人作家が、太平洋戦争下の上海で体験した出来事を基にした半自伝的小説のこと。「SF作家」として語られることの多いこの作家への導入が、この作品で妥当であったのかどうかは分からないがとても面白かった。日本の侵攻によってそれまでの上流社会的な生活を奪われ、混沌へと投げ込まれたひとりの少年の視点から描かれた「世界の崩壊」は耽美なまでに美しく、また、少年が抱くアメリカや日本への憧憬の無垢さに心を打たれるものがある。1987年にスティーヴン・スピルバーグによって映画化されているそうで、機会あればそちらもチェックしたい、と思った。主人公の少年を演じているのは子役時代のクリスチャン・ベールだとか。作品中には「自分が中途半端に覚えた手旗信号を、日本の兵士に送ってしまったら戦争が始まってしまった!どうしよう!!」と少年が罪悪感に苛まれるシーンなどがあり、こういった世界と私が短絡的に結びついている幼年期特有の思考描写もとても良かった。


 しかし、かなり救われない話である。この荒廃した世界の描写は、スティーヴ・エリクソンにも影響を与えていると思うのだが、エリクソンは一貫して愛を描いているのであり、それたとえ狂った誇大妄想のようなものであっても、最後には一応の決着がつく。しかし、『太陽の帝国』においては、そのような終止があるわけではなく、すべてが変ってしまった(元には戻れない)、という寂寥感のみがある。主人公の少年は、理解をしてくれる相手を失ったまま生きなくてはならないのだ――日本の外国人捕虜収容所においても、彼は理解者を見つけることができない。日本の軍人や同じ収容所に捕まっているアメリカ人はもちろんのこと、国籍を同じにするイギリス人からも上海生まれ(本国を知らない)という理由で、彼は徹底した他者として扱われる。日本に2つの原爆が落ち(長崎に落とされた原爆の光を少年が見るシーンがあるのだが、そこがものすごく美しくて良い……)戦争が終わり、混乱の中で離れ離れになった家族と少年が再開しても、戦争の間に起こったさまざまな出来事によって、再開した父と母は別人のようになっている。元いた(幸福な)世界に戻ることは不可能で、少年の周囲にある世界は戦争が終わったあとも崩壊したまま、荒野のまま、持続されてしまう。このしんどさはもうなんか……。





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