相対音楽への気づき

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ラヴェル:ピアノ曲全集
ロジェ(パスカル) ラヴェル ロジェ(デニス・フランソワ)
ユニバーサル ミュージック クラシック (2003/10/22)
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 「本当に才能がある映画監督の撮るフィルムは、どのコマを切り取っても素晴らしい絵になっている」と言っていたのは、北野武だったと思う。こういうことは音楽においても言えて「才能のある音楽家が書いた曲には、どの瞬間にも彼の曲だ、と聞き分けるサインのような音符がある」と私は思う。とりわけラヴェルの音楽を聴いているときは、そんな思いがさらに強いものとなる。この作曲家は自分の曲が演奏されるコンサートの客席に座って「なんて、この作曲家は才能があるんだろう……」と漏らしたそうだけれど、その自画自賛からは全然いやな感じがしない――優美でない瞬間が一瞬たりともない音楽を書きえた数少ない作曲家のひとりとしてラヴェルを挙げることができるくらい、彼の才能はホンモノだった。


 パスカル・ロジェが弾く、ラヴェルのピアノ曲集を聴いていて考えるのは、このようなラヴェルへの敬服と、この音楽は紛れもないフランス音楽なのだな、ということ、それから、自分の中での「絶対音楽」という概念の揺らぎである。


 伝統的なフランス音楽の分かりやすい特徴をあげるなら、一つの声部(旋律)に対して、それを装飾する和音が備えられている、というホモフォニーで書かれている点だろう。ホモフォニーに対するのが(ドイツ音楽の特徴である)ポリフォニーで、こちらは複数の旋律が同時に動いていくように書かれている(もうひとつモノフォニーというのがあるけれども、こちらは一つの声部によってのみ書かれたものだ。グレゴリオ聖歌とか)。イメージとしては、ホモフォニーが「音の組織」が運動して音楽になっているけれど、ポリフォニーは「音の分子」が運動して音楽になっている――という感じが分かりやすいかもしれない。


 ラヴェルの音楽がそう単純に書かれているわけではないけれども、ポリフォニックな面が現れるのは稀で、和音(音の組織)の運動によって音楽が進行していく――エレガンスだとか、エスプリだとか、そういった印象的なものでなく、ラヴェルを「フランス音楽」と言うと、こういうことになる。私は、好きな作曲家ベスト3に「バッハ、ベートーヴェン、ブラームス」という“三大B”を挙げるほど、ドイツ音楽(ロマン派の時代に『絶対音楽』を標榜した!)に傾倒しているけれど、ラヴェルを聴いていて「あぁ、これもひとつの音楽だよな」と思った。





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