スティーヴ・エリクソン『真夜中に海がやってきた』

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真夜中に海がやってきた
スティーヴ エリクソン 越川 芳明 Steve Erickson
筑摩書房 (2001/04)
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 『真夜中に海がやってきた』を読み終える。現時点でのスティーヴ・エリクソンの最新作で、これ以前に書かれた作品とは少し変わった試みがなされているように思う。これまでエリクソンが繰り返し描いてきた、終末的/破滅的な世界観(原因は不明だが、世界中で謎めいた暴力が頻発し、大都市は何故か荒廃した廃墟となっている)はそのままなのだが、物語の構造がネットワーク的に編みこまれた形になっている。「複数の物語のラインが、衝突しあって……」というよりも、「物語的な分子が、衝突しあって……」という印象。強烈な幻覚を呼び起こすような誇大妄想的なストーリーではなく、もっとナイーヴで切ない。この異常なスケールの大きさと、切なさの間にある落差が不気味ですらある。面白いんだけど、どう語って良いのかよくわからん。この不可解さが、先日再読したキットラーの重なっているように感じた。


 キング牧師が暗殺される、統一教会の結婚式、ジョン・レノンの死、三島の死、ジョージ・ブッシュ(父)が大統領になる、オウムの地下鉄サリン事件……etc、20世紀に起きた様々な「事件」は、偶然によって起こったわけではなく、関連しあいながら、再配置を行っている――もはや時間は直線的に進むのではなく、カオスのなかで動的に蠢いているのだ……それが新しいミレニアム(千年紀)なのだ……という、狂気染みた人物が作った「アポカリプスのカレンダー」が小説の下敷きになっている。こういう設定だけで「嘘だぁ!」とか「また大風呂敷をひろげてるなぁ!」とゲラゲラ笑えちゃうんだけれども、小説の中ではそのような虚構が現実として描かれている。少なくとも、カレンダーをせっせと作っている居住者という人物にとっては、狂った「新しいミレニアム」が現実である。


 現実というメディアをバラバラにして、禍々しい虚構的世界を再構築する、というエリクソンの常套手段が、そのカレンダーには凝縮されている。こういう部分もキットラーのメディア史に通じているように感じる。エリクソンとキットラーは、小説家、メディア史家、というよりも、現実を操作する鮮やかさの点で「メディア・アーティスト」と呼べるのではなかろうか……。



「マスメディアは現実を歪めて伝えるのではない。現実を生産するのだ」(ニクラス・ルーマン)



 とか引用してみたりしてね……。





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