読み始めて約一ヶ月……(中間報告)

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Minima Moralia: Reflections on a Damaged Life (Radical Thinkers)
Theodor W. Adorno E. F. N. Jephcott
Verso Books (2006/01)
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 約一ヶ月の間で読み進められたのは40ページ。今月は結構暇な日が多くて毎日6時には会社を出ていたから良かったけれど、これからどうなるものやら……(このペースを維持しても、読み終えるまで半年かかる)。英語なんで、まぁまぁ読めるのだけれども、問題は一般的な言葉を用いている哲学系の術語は今ある環境(使用している辞書『新英和中辞典』)だと推測・類推から手繰っていくしかなく、とても苦労する。こどもの頃に読んだ学研の教育漫画に登場した「『ターヘル・アナトミア』を読む、杉田玄白」みたいな気分であった。


 日本語で読んでも、英語で読んでも(または、ドイツ語で読んでも)アドルノはアドルノのはずなのに、外国語で読んでしまうとさっぱり意味がわからなくなる。もう少し正確に言うと「こういう意味なんだろうか」という感じは掴めるのだが、ちっとも「分かった」という気分にならない。逆に言うと日本語で読んでいるときには、「こういう意味なんだろうか」という問いすら浮かばず、「分かった気」になって読めていく。理解の基盤/地盤、みたいなものが全然違う。



文章を読んでわかるという場合、ほとんどは何か「意味」が分かるというよりも、ボキャブラリーに慣れるくらいの意味でしかないと思う。



 「日本語で読んでいるときの、分かった気になっている地盤とはなんなんでしょーね?」――という話をmixiの日記に書いていたらこのようなコメントをいただいた。なにかコミュニケーションの自己言及性みたいなものをふと考えてしまう、そういうコメントである。今は、慣れていくしかないのだろうな、と思いつつ読むしかないのだろう、と思う。


 ここまで18個のアフォリズムを消化してきたけれども、そこでアドルノは「individual life(これもどういう日本語にしていいのかよく分からない)」が資本主義社会においていかに不可能となっているのか、という話を繰り返しているように思われる。取り扱われている事象は、日常的なものが多い。「結婚」とか「住居」とかが選ばれている。経済が社会全体を覆うようになってから、individual lifeは安住感を奪われている。結婚にしてもそれは「お互いの経済的な利害関心によって決定されている(ダンナが金を持ってこなくなったら、夫婦の関係はおしまい)」、住居で言えば「お金を払わないと住む権利が奪われる」……という風に常に経済性に追い立てられていることをアドルノは指摘する。


 こういう記述は、個人的にはあんまりおもしろくなく(なんか飲み屋でグダグダ社会批判してるオッサンっぽいっつーか)、早くおもしろい部分がこないかなぁ、などと思う。





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