アルノルト・シェーンベルク《ワルシャワの生き残り》

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 Youtubeよりアルノルト・シェーンベルクの《ワルシャワの生き残り》。指揮はホルスト・シュタイン(いつみても天然モンスター顔だ……)。この作品は1947年、晩年のシェーンベルクが書いた「第二次世界大戦化のワルシャワを生き延びた一人のユダヤ人の証言」を題材とするカンタータである。全編に12音技法が用いれているのだが、シェーンベルクの全作品のなかでこのように「恐怖」や「暴力」の表象として12音技法を用いているのはこれが唯一のものであろう。この試みは大いに成功し、《ワルシャワの生き残り》はシェーンベルクの代表作のひとつに数え上げられている。しかし、ここに問題が生ずる――12音技法には「恐怖」や「暴力」しか表現できないのか?

 「シェーンベルクは、抽象化を目指すことによってではなく、むしろ音楽の具体的形態そのものを精神化する……」*1。ここでのシェーンベルクは、12音技法を悲痛な叫びの効果音として利用したシェーンベルクは、自ら定めたこの綱領を守ろうとはしていない。アドルノは意外にもこれを好意的に評価している。「……恐怖が知れわたることによって、音楽はふたたび否定の力による、その救済力を見出すのである。《ワルシャワの生き残り》はユダヤの聖歌で終わるが、その歌は神話に対する人類の講義としての音楽である」*2

 しかし、このアドルノの評価は一定の留保がついたものだっただろう――「シェーンベルクは自分から、芸術とは完全にかけ離れた経験の回想によって、美的領域を一時中断する」*3。この中断は、他でもない、《標題音楽》と《絶対音楽》というふたつのロマン派音楽が目指す目標のうち、後者への諦めを意味する。アドルノの「中断」という指摘は「12音技法による絶対音楽の達成」というシェーンベルクの当初の目標が頓挫したことを明らかにしているのではないだろうか。


 美的領域を中断した《ワルシャワの生き残り》は標題音楽的なものを目指している。これは音楽のプロパガンダ化と言えなくもない。かつてソ連におけるプロパガンダ音楽を厳しく批難したアドルノが、これを評価したのは何故なのだろうか、とも思う。




*1:テオドール・アドルノ『プリズメン―文化批判と社会 (ちくま学芸文庫)』P.222


*2:同書。P.263


*3:同書。P.262-263





3 件のコメント :

  1. これはウイーン時代アバドのWPで聴いたことがあります、シェーンベルクの傑作ですね。
    政治音楽でもあります。
    シュタインはありませんが時間があったらここのリンク・ヴィデオを見てみたいと思います。
    そういえばウイーン時代シュタインは「モーゼとアロン」を歌劇場で指揮していまして、
    ピットの前まで駆けつけて長時間拍手した経験があります。
    現代物も意外とやる人ですね。

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  2. ホルスト・シュタインが亡くなってたことを今知りました。

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  3. シュタインはこういう現代物になると必ずめがねをしてやりますね。

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