池田玲子 『ヌードと愛国』

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ヌードと愛国 (講談社現代新書)
池川 玲子
講談社
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20世紀初頭から1970年代のあいだに現れたヌードという表彰に対して、与えられたナショナリズムを読み解く、という新書。サイズはコンパクト、軽妙な語り口だがなかなか読み応えがある内容であった(著者の池川玲子は若桑みどりの門下)。高村智恵子や、竹久夢二、石岡瑛子といった著名な作家の作品も扱われていて(通史的なものではないけれど)ヌードの意味の変遷をも感じ取ることができる。

明治維新以降、国家成熟の指標としての美術を積極的に取り入れるなかで、裸体のデッサンが重要視されていく。いわばサブカル・アートのひとつであった春画のなかでしかありえなかった裸体の描写が、ガチガチのハイ・アートに格上げされるその過程で起こった対立だとか興味深いと思ったし、寡聞にしてわたしは高村智恵子という人が画家として身を立てることを目指していたことを本書で初めて知ったんだけれど、掲載されている彼女の作品のなかにはマリー・ローランサンみたいなものがあったりして面白い(『青踏』の有名な表紙もこの人なのね)。

個人的にもっとも惹かれたのは、満州でプロパガンダ映画を製作した日本初の女性映画監督、坂根田鶴子の章だった。この章では、戦時中の農村女性に期待された役割(戦力や工業労働に取られて不足した男性の労働力を補うために、女性が農業の中心的主体になる)についても触れられているんだけれど、その状況は、今言われてるような「女性の活用」みたいな話とまったく同じに思える。で、当時は結婚しても、ダンナはいなくて、舅姑小姑にこき使われる。そんなのは嫌だ! だから満州に行こう!! っていう女性がいたんだって。

そこで坂根が撮った『開拓の花嫁』(日本映画史で初めて授乳する女性の姿が映された映画らしい)というプロパガンダ映画なんだけれど、彼女は満州を「男女が手をとりあって、一緒に子育てして(男性も育児参加をする)新しい国を作ってまっせ」というユートピアとして描く、でも、それはもちろん嘘っぱちだったし、故郷の舅姑小姑にこき使われる方がマシだったかもしれない過酷な現実が横たわっていたことを本書は伝えている。舅姑小姑がいない、その新しい共同体には妊娠・出版・育児のナレッジが蓄積されてない。幼児死亡率や異常妊娠・異常分娩の割合が高くなるし、移民数がめちゃくちゃに多かったから医者も足らなくて大変、みたいな状況だったそう。

んー、すごい。面白がっちゃいけない話かもしれないけど、昔のこうした失敗プロジェクトの無茶苦茶さにどうしても惹かれてしまう。ちょっとこの方面について調べてみたい気持ちにもなった。

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