菊地成孔 『ユングのサウンドトラック: 菊地成孔の映画と映画音楽の本』

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ユングのサウンドトラック 菊地成孔の映画と映画音楽の本
菊地成孔
イースト・プレス
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(まずしょーもないことを言いますけれど、イースト・プレスから出てる菊地成孔の本って、誤植多くないですか。ホントに編集者、マジに仕事してるのか、みたいな意味不明な言葉が記されているところが高確率で見つかって、その度にテンションが下がる。まあ、本筋とはまったく関係ないのだけれど、誤植ってプロダクトの印象に対してそれなりに大きな影響を及ぼすと思うんですよね。たとえば、あるアイドルの12曲入りのアルバムで1曲だけマスタリングのレヴェルが全然あってない、というのは「意味は伝わってるけど」「なんらかの欠落(というか非統一)がある」という面で、誤植が伝える印象と通じている気がする。いや、本当にどうでも良いんだけれど)菊地成孔が映画について書いた文章を集めた本を読む。副題にある通り、筆者が接した「映画と映画音楽」に関する本だ。いくつかは雑誌掲載時に読んだことがあったし、後半の筆者がインターネット上に公開していた日記からの引用はすでに読んでいた。わたしは全然、全然映画には詳しくないので、結構流して読んでいる部分もあるのだが、映像と音楽との関係性、その部分については、なにかと感心する記述があった。たとえば『エクソシスト』。この映画ではマイク・オールドフィールドの超絶有名な『Tubular Bells』が使われているけれど、菊地はこの音楽を「とても覚えにくい音楽」と称していた。いや、エクソシストの音楽ですよ、みんな知っているでしょう、と思う。でも、覚えているのは大抵冒頭の2小節ぐらいだ、と菊地は書いている。わたしはこれを読んで、やっぱり「そんなに覚えにくかったっけ」と思って、CD棚から『Tubular Bells』を引っ張り出して聴いたみたんですよ、そしたらびっくり。わたしの記憶のなかで鳴っていた『Tubular Bells』は、録音された本物のそれとまったく調が違っていたのだった。これ自体は他愛もない指摘と「偶然の一致」だったかもしれないけれど、映画の記憶、そして映画と夢の関係、さらに映画と夢と音楽の関係に関して、なんらかの気づきを与える本ではある。たしかに、映画と音楽の関係って、思っているよりも結びつきが弱いと思うんですよね。たとえば、あるシーンでベートーヴェンの有名な曲が流れる、といったときに、ベートーヴェンの音楽、ということはわかっても、それがどんな演奏だったか、みたいなところは全然頭に残っていなかったりするでしょう。その時点で、場面と音楽そのものはちゃんと結びついていないのだ。

いや、しかし、これには笑ったね……。

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