トマス・ピンチョン 『スロー・ラーナー』

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スロー・ラーナー (トマス・ピンチョン全小説)
トマス ピンチョン
新潮社
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英語やラテン語の勉強に本腰をいれていたら、「トマス・ピンチョン全小説」の刊行スピードにすっかりついていけなくなっていますが昨年の12月に発売されていた『スロー・ラーナー』を読了しました。これは『重力の虹』以降の長い沈黙のあいだに出版されたピンチョン唯一の短編集で、言ってみれば「アーリー・ワークス・セレクション」みたいなものだと言えましょう。それに作者自身による序文がついて1984年に出版されています。既訳はすでにちくま文庫に入っており、大変手に入れやすいものですが、実は私は読んでいませんでした(知り合いのピンチョン・ファンの方々がこぞって『おもしろくない』と言っていたので)。しかし、これにてピンチョンの既訳はすべて読んだことになり、立派に後ろめたい思いをせずにピンチョン・ファンを名乗ることができるってえわけだ! 訳者は『ヴァインランド』の佐藤良明。マニアックな調査に基づく訳註とテキストの文化的・意味的・音声的背景を理解した上での「超訳」が賛否両論ある訳者ですが、『ヴァインランド』ほどではないにせよ、今回も訳者のクセが発揮されている、と感じました。これはハマるとすごく良いのですが、たぶんハマらないと全然ダメな部分です。すんなりと読めない部分がある。でも、それが原文に対しての興味をそそったりもして。





ここには序文を含めずに数えると5つの作品が収録されています。ピンチョンというと、バカバカしくて、しつこくて、科学的修辞と薀蓄満載、という形容がすぐに思い出されますが、そればかりではない。さまざまなバリエーションがあってそこが「短編集」っぽい雰囲気を醸し出しているように思います。だから、嫌いな作品、まったく面白く読めなかった作品があっても良い……のでしょう、と自己正当化しておきます。私も全部が面白く読めたわけじゃなったので。「ロウ・ランド」、「エントロピー」、「シークレット・インテグレーション」。この3作は後の長編と直接的に繋がる要素が多く感じられ、大変面白く、大笑いしながら読みました。残り2作、スパイ小説の「アンダー・ザ・ローズ」はまだ良いとして、「スモール・レイン」はこれはキツかった。知り合いのピンチョン・ファンが「面白くない!」と言っていた理由が一瞬で理解できるような作品です。リアリズム風の文体で描かれたこの作品には「バカバカしくて、しつこくて、科学的修辞と薀蓄満載」というピンチョニズムがほとんどない。下品な雰囲気はあれど、やはりうんざりするぐらいしつこくないと、ピンチョンを読んでる感じがしませんね!(病気)





面白く読めた3作のなかでは「シークレット・インテグレーション」が特別光っているように思えました。「エントロピー」の迷宮的な感じと、バカバカしい乱痴気騒ぎの対比もいいのですが、「シークレット……」の少年文学らしさは異様なほど愛らしく、清々しいほどです。映画『スタンド・バイ・ミー』っぽくもあり、ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』のようなノスタルジーもある。しかし、喜劇的な雰囲気は後のピンチョンにも繋がる。ちょうど『逆光』の「偶然の仲間たち」に感じる親しみが「シークレット……」の登場人物にも感じますね。もっとも読みやすいピンチョン作品としてもオススメしたいです。それから序文も大変興味深く読みました。これは謎の作家ピンチョンが、自身について語った部分もある貴重なドキュメントでもあります。私はこれまでピンチョンを「社会に流れる時間と隔絶した場所から、強大で奇怪な物語を送り続ける人」という風に捉えていたんですが(そうじゃなきゃ、あんな途方もないモノをかけないだろう、と)、若かりし頃、50年代・60年代のアメリカ流行をフッツーに通り過ぎていたりする。ピンチョンがケルアックを賞賛していたりするんですよ! これは驚きでした。





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