ラテン語格闘記 その2

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図書館で借りた本を読むのを優先させるなどブランクを挟みつつ『アッティカの夜(Noctes Atticae)』を一番最初から読み始めて、はや3週間ほど。今日で第1巻の2つ目の話まで読み終えることができました。ラテン語のテキストを読んでいるはずなのに、次の段落がまるごと全部ギリシャ語だ! という鬼な展開に見舞われつつも楽しく読むことができています。せっかくなので本日は読んだ話を少し超約っぽくしてご紹介。テキストの原文と英語訳はこちらにあります。







  • 1-1:ピタゴラスがヘラクレスの身長を計算したら



比類のない心と体を持つ男のなかの男、ヘラクレス。プルタルコスが本のなかで書いていたんだけど、哲学者のピタゴラスはヘラクレスの身長を計算しようとしたらしい。その計算方法は次のようなものだ。言い伝えによれば、ヘラクレスは、オリンピアのそばにあるピシスというところの競技場を600歩で走ったらしい。ピタゴラスはその距離を歩数で割って、歩幅を求め、それを人間の体の部分の比率を考えてヘラクレスの身長を計算しようとしたんだよね。ヘラクレスはギリシャの別な競技場も600歩で走ったらしいんだ。困ったことに調べてみたら、この競技場よりもオリンピアの競技場のほうがちょっとだけ距離が長かったんだ。おかしいよね、だって同じヘラクレスが同じ600歩で走ったら、その競技場は同じ距離になるはずじゃないか。そこでピタゴラスはこんな風に結論付けた。「ヘラクレスは、オリンピアの競技場を走ったときのほうが背が高かった!」と。








  • 1-2:アッティカのヘロデが粋がったガキをとっちめた



昔、わたしがアテネで学生だった頃の話。先生のなかにアッティカのヘロデという人がいて、この人はギリシャ語が堪能なうえ、とても有名な執政官だったんだ。彼は自分の屋敷にしばしば、わたしや、かの有名なセルウィリアヌスやその他のローマから優れた文化を勉強しにやってきた人たちを呼びよせてくれた。


その屋敷といったら素晴らしくてねえ。ケフィシアって名前のところだったんだけども、その地方は年中暑くてさ、とにかく秋が一番暑いんだよ。だけどもその屋敷には大きな木があって日陰になってるのね。で、そこでみんな休むわけ。それから噴水だの鳥の鳴き声だの絶えずキレイな音がしてさぁ。リゾートっぽい感じだったんだよね。


お呼ばれしてた人たちのなかに修行者の若者がいた。彼が言うには、自分はストア派の修行してるって話だったんだけど、コイツがとにかく口の減らないヤツでさあ。クドクドと哲学についての講釈をたれたり、ギリシャ語を話す偉い人と自分を比べてみたり、ラテン系の人は大抵何も知らんアホよね、とか主張するわけ。弁証法の罠がどうとか、三段論法がどうとか、聞きなれない言葉をたくさんつかちゃってさ。道徳の話になるとこんな風に言ってたんだ。「人間の知性の本性は、義務と制限をもってその徳の起源になって、逆に病は悪行だったり悪徳からなるわけ。そうなるとさ、魂なんかボロボロになっちゃうじゃ~ん?」、「だいたい、こういうことを探求してるしてるヤツで、俺以上に深い理解をしてる人間はいないわな」、「拷問だとか体の痛みとか死ぬこととかって全然幸せを妨げるものじゃないんだよ、ストア派的に言ったら悲しみなんかなくなっちゃうよ」……とかね。


あるとき、彼が長々としたお話が終わると、アッティカのヘロデは彼がいつもそうしていたようにギリシャ語で言った。「君があんまり立派な哲学者ものだから、なんも答えられないんだよね。ほら、俺らなんかシロートじゃん? 君からしたら。だから、ちょっと失敬して君がいつも立派なことを言う元ネタのエピクテトスの本を読み上げるのを許してくれよな」。そう言うと彼はアリアヌスが編纂した『エピクテトスの対話』の第一巻を持ってこさせた。それは高名な老人が厳しく自称ストア派の若者を非難する内容だった――あんなヤツら徳や正直さもかけらもない! 単なる泡沫で、彼らの勉強の成果なんかまるで子どもが話しているようなものだ! ってね。


ちょっと補足しておくと、エピクテトスっていう人は朗らかさと厳格さを平等にもってる人でさ、その上でホントのストア派っていうのをキッチリ分けたんだ。彼が言うホンモノのストア派っていうのは、抑制だの強制だののない疑問や、迷いのなさや自由や繁栄や幸福を乗り越えたところにある。その他の自称ストア派っつーのは、まぁ「ストア派は一番聖なる人たちなんだよ!」とウソぶいてるタダのクズだな。


アッティカのヘロデは続けて言った。「世の中には良いものと悪いもの、それから中間のものがあるよね。良いものは徳を帯びてて、悪いものは罪を帯びている。それらのあいだに中間のものがある。富とか健康とか命とか死とか喜びとか痛みとかね。『お前はそれをどうやって知ったんだ?』とヘラニクスは『エジプトの歴史』のなかで言ってたよね。あのさあ、君が言ってたことって大体ディオゲネスが『道徳』のなかで言ってたことや、クリシップスやクレアンテスが言ってたこととどうちがうのよ? 君が探求したことは全部自分ひとりで成し遂げたのか? え? 海で嵐にあったとき、自分がどうするか、見せてもらいたいもんだね! 帆がぶっ壊れて、ワンワン泣いてるときでも、こんな分類を思い出せるか? 君のそばにアホな人がいてこんな風に言うとしよう。『神様ー! 君が前に言ってたみたいにおしえてよ! この難破の受難は罪なんですか? これは罪の性質を帯びているんですか!?』 そうしたら君は木の棒を彼に投げつけてこんな風に叫んだりしないだろうね? 『どうしろっていうんだよ、あぁん? 俺らは死ぬのさ。冗談みたいなものさ!』 もしくはカエサルが君を呼び出して、告訴に答えるよう命じたら……」


この言葉を聞いて傲慢な若者は押し黙ってしまった。まるでエピクテトスが他人を非難するのではなく、彼自身がヘロデによってとっちめられたようだった。



ギリシャ語の部分はまったく読めないので英訳に頼っています。読書の成果はまたキリがいいところまで言ったらご報告しますね。





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