ラブレー 笑いと叡智のルネサンスposted with amazlet at 11.04.20マイケル・A. スクリーチ
白水社
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定価21000円! と驚きの価格のラブレー研究書『ラブレー 笑いと叡智のルネサンス』を読みました(図書館で借りて。こういうとき日々の住民税を一気に還付してもらったような気分になりますね!)。著者、マイケル・スクリーチはイギリスの仏文学者で、江戸文化研究で有名なタイモン・スクリーチのお父さんだそうです。この人の経歴もなかなか面白くて、語学の才があったため学生時代に日本語の集中講義を受けて英国の諜報機関に所属、戦後直後には広島の呉市にて占領軍のスタッフとして働いていたんだそう。そういう研究者もいるのだなあ、とさまざまな驚きに満ちた本ですが、内容のほうも驚きの連続。900ページほどのこの大著を是非とも手元に置いておきたくなります。だから、10年待っても良いので、4分冊でトータル8000円ぐらいでどこかの文庫に入りませんかねえ。
「古典を読む」に際しては、さまざまな読み方があるでしょう。書かれた時代の文脈に応じて、その文章がどういう意味を有していたのかを解読する、という態度はそのひとつです。これは言うなれば、歴史学的な試みでありましょう。スクリーチが提唱するのは「ラブレーの真の面白さを理解するには、ラブレーと同じものを読むしかなかろう!」ということ。16世紀ルネサンスの才人であったラブレー(医師であり占星術師であり修道士)の時代の教養を身につけてこそ、テキストの真のスゴさ、ラブレーの途方もない天才を肌で感じられるようになる、ということです。そのためには古典ラテン語、古典ギリシャ語、その他にヘブライ語も知っていなくては……と一般人には高すぎるハードルが提示される。しかし、そもそもラブレーが想定した読者とはそうした教養を持つ読者であったわけです(バフチンは、ラブレーを民衆的なセンスを持つ作家、と見直したそうですが、そんなのちゃんちゃらおかしいよね、という批判も入る)。
もちろん「お前ら一般人にはラブレーを読むなんて無理!」と突き放すのではありません。スクリーチの博覧強記をもってガツガツと解き明かされていく、16世紀の高度に洗練された知識階級向けに書かれたテキストの意味、そしてそのテキストにある背景。本書でおこなわれるこれらの詳細な解説により、ギリシャ語もラテン語もヘブライ語がわからなくてもラブレーが読めるようになる! のです。『ガルガンチュアとパンタグリュエル』を読んだのはかなり前のことですが、また読み直したくなりました。一人で読んでいたときには読み飛ばしていた箇所が、スクリーチの解説により恐ろしく厚みのある箇所に変わっていく。劇的な読みの変化が訪れること間違いなし。ラブレーを読むのであれば、間違いなく一読すべきでしょう。『ドン・キホーテ』や『トリストラム・シャンディ』など、我々の常識を覆すような古典小説というのが多々ありますが、ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』はやはりそのなかでも最強である、と確信しました。わかりやすく言いますと、『ドン・キホーテ』と『フィネガンズ・ウェイク』とルネサンス期に流行した各種哲学書がマジックリアリズムで全部載せになった、みたいな破格の作品なのですよ。
本書は、ラブレーの研究書としてだけではなく、16世紀フランスの知的風土や国勢についての本としても読めるのが一粒で二度美味しい。正直、当時のソルボンヌ大学の教授たちとラブレーを含むユマニストたちの対立、そしてdisりあい、あるいはフランス国内の王族・貴族の権力争いや、国外との戦争についての記述は、結構かったるい箇所なんですが、ラブレーが参照していた言語理論についての箇所は超面白い!! アリストテレスの『解釈について』で解かれる「言葉の意味なんか恣意的に決定されるものでしょ」という考えと、プラトンが『クラテュロス』で説く「いや、名前と事物にはなんか関係があるんじゃねーの?」という考えが古代ギリシャ哲学において対立していて、それを後の注釈家がどういう風に意味付けていったのか。そしてこうした注釈家のテキストをラブレーはどのように受け取り、そしてどのように自身の作品のなかで自らの哲学を披露したのか。このあたりの説明は、途中で「あれ? ラブレーはどこにいっちゃったの?」という感じに混み入ってくるのですが、相当アツい。ここではフィチーノが大々的にフィーチャーされていますけれど、その他、アグリッパ、カルダーノ、エラスムス、メランヒトン、ルター、ポステルなどなど近代直前のスーパースター的(?)思想家が出てくる箇所はどこも面白かったです。ラブレーが何を読んでいたのか、というのはこの時代の知識人が何を読んでいたのか、の一例にもなり、ラブレーを読解することで浮かび上がる《時代の思想》の姿も大変興味深かったです。
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