理想の消滅

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失われた時を求めて 11 第六篇 完訳版 (11)
マルセル・プルースト 鈴木道彦
集英社
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 以下、ものすごくネタバレします。




 「囚われの女」から「逃げ去る女」へ。11巻は、10巻の最後で物語の語り手である「私」の下からアルベルチーヌ(『私』のフィアンセ)が出奔してしまうところの続きから。アルベルチーヌに取り残された私の苦悩、というのがこの巻の主要部分となっているんだけれど、とにかく「私」の粘着っぷりと優柔不断っぷりと本心の出さなさが煮え切らない。いなくなって初めて「私」は「うっわ、俺、アルベルチーヌのこと愛してたじゃんか!」とうろたえるんだけど(ありがち)、アルベルチーヌに直接そんなメッセージを出しても煙に巻かれるだろうから、とすごく遠まわしな手紙を送ったり、交渉役を間に立ててみたり……ととにかくダメな感じで、読んでて「しゃんとしろ!」と言いたくなる感じだ。


 結局、最後には直接的に「戻ってきてください」と手紙を出すんだけど、返事が来なくて代りにアルベルチーヌが馬から落ちて死にました、という電報が来るあたりの悲劇的な感じ(しかもその後に彼女からも『戻ってもいいですか』と手紙が遅れて届くんだよ!)、そこがなんとも普通なら涙を誘うんだけど「私」がダメ男過ぎて全然グッと来ない。むしろ、その後発揮される「私」のさらに強烈な粘着っぷりが面白かったです。フィアンセの死後に「離れていた間、彼女は何をしていたか。他の人間と肉体関係を持ったか」を調べてみたりと尋常じゃない。で、出てくる結果は全部すごくショッキングなものばっかりだったりして……ね(でも、『私』は追求を止めないのである)。こういうのも、ある種の「喪の儀式」なんだろうなとか思ったりした。


 「行ったことがない街」や「会ったことがない女性」に対して勝手に妄想を膨らまして、実際街に行ったり、会ってみたりすると幻滅……という行為を何度も繰り返している「私」なんだけれど、アルベルチーヌが永久に「私」のところへと戻ってこない、という事実を突きつけられた後の葛藤は「理想とする対象の消滅とその後……」みたいな感じで捉えることができるんじゃなかろーか。





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