レイモンド・カーヴァー『水と水とが出会うところ』

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水と水とが出会うところ
レイモンド・カーヴァー 村上春樹
中央公論新社
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 中公新書から出ているレイモンド・カーヴァー全集は全て図書館で読んだ「つもり」だったのだが、詩集のほうにはほとんど目を通していなかった。カーヴァーの詩集で文庫化されたものはこの『水と水とが出会うところ』が初で、全集版で同時収録されていた『ウルトラマリン』は秋に刊行予定だそう。翻訳者である村上春樹の「改題」(これはサブテキストというよりも作者の雑感を表したエッセイだと思う)は『ウルトラマリン』のほうに収録される。


 カーヴァーの遺した多くの、奇妙で、そして美しく、謎めいたタイトルが冠された短編小説は素晴らしい、と私は嘘偽りない心を持って言うことができるけれども、詩集には少し戸惑ってしまった。というのも、この詩集に収録された作品の多くが、非常にカーヴァーの生活と密接したパーソナルなものであったからだ。読んでいる感覚としては「カーヴァーの詩を読む」というよりも「カーヴァー(彼自身)を読んでいる」というようなものに近い。「作家の書くテキストは作家から独立して読まれなければいけない」。プルーストやアドルノがそのように言うような(これはもちろん既に出された解釈を参考にしながら読んだ私個人の《誤読》を含んだ解釈である)立場からすれば、このような作品は「飛び道具だ。反則だ」と言わなくてはいけない気がする。


 しかし「こういうのもアリだな」というのが本を読み終えた今の正直な感想である。っていうか、素晴らしい。そういう掌を返したような言葉が恥ずかしげもなく言えるのも、そこに書かれていたカーヴァーの言葉にひたすら心を打たれてしまったからかもしれない。小説を書くときの端整なで強い描写ではなく、詩的な余白を残した柔らかいくシンプルな言葉がごく自然に胸の中に波紋を広げていく。それは私がカーヴァーという作家がどのような人生を送ってきたか、ということについて知識をそれなりに用意していたからなされたことかもしれないけれど、だからこそ共感とは全く別な次元ですごく揺さぶられる読後感がある。


 これは文壇に華々しくスター的に登場したわけではなく、つらい肉体労働やアル中といった辛苦をなめつくした作家が書いているからこそ、伝わるショックだ。作家を知っている/知らないということで変わってくる読後感についてはなんとも言えないところがあるけれど、この詩集は作家と不可分なところで読まなければ全く面白く思えないようにも思う。もうちょっと言うと、これは作家を知らなければコミュニケーション可能な作品にならない(カーヴァーという人が《コード》として作用するわけだ)。


 だからこそ、人にはうかつに薦められない本だな、と思う。これまでにカーヴァーの作品に触れ、結構ガツンときちゃってる人になら「読んだら絶対面白い!」と熱烈推奨したくなるにちがいないけど。良い本です。





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