長谷川宏『新しいヘーゲル』

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新しいヘーゲル (講談社現代新書)
長谷川 宏
講談社 (1997/05)
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 難解な日本語に訳されていたヘーゲルの著作を、平易な文章へと訳し直し続けている著者が書く「平易なヘーゲル入門書」……なのだが、読んでいる間の感想が「ひたすら退屈」というところに落ち着いてしまうような一冊。確かに読みやすく、ややこしい話も易しく解説されているのだが、教科書的なヘーゲル解釈が延々と続いてしまって「ヘーゲルの面白さ」だとか「ヘーゲルを読む意義」だとか、もっと深く突っ込むと「現代においてヘーゲルを読むことの有効性/実際性」だとかが全く伝わってこない。ヘーゲルを面白いものとして読者に提示することに失敗しているという点に限っては致命的な欠陥を持っていると思った(これは入門書としてもやや致命的である)。また、この本のなかで著者はヘーゲルを以下のように位置づけている――「1.ヘーゲルは難しくない」、「2.ヘーゲルの思想は西洋における近代思想の代表である」。この2点も読んでいて「なんだかなぁ……」と思わされる点でもあった。


 「1.」について著者はこんな風に言う――ヘーゲルが必要以上に難解になっているのは、一重に明治以降の日本の哲学界が悪い、洋学である哲学を有難がって難解な言葉で翻訳してしまったからだ。または「ヘーゲルの社会的な生活実感は、合わせることや『和』を基軸とするわたしたちの生活実感とは、まったくちがう次元にあったといわねばならない」、だからヘーゲルは我々には難解なのだ……と。そして、ヘーゲルをまともに理解するために、著者はヘーゲルが生きた時代まで話を遡らせ、いわば“裸のヘーゲル”に向き合おうとする。それはひとつの正しい方法なのかもしれないが、ヨーロッパの哲学者だってヘーゲルが生きた時代のことなんか本当には知らないはずなのだから「我々(日本人)には難解」という理由はならないだろうと思ってしまう。そもそも「ヘーゲルは難しくない」という言い切りがそもそも無茶だろう……。


 「2.」については、著者と私の間にある「近代観」が違いすぎた。ヘーゲルが近代を代表する思想家のひとりであることについては多くの人が認めるところだ。しかし、著者がここで掲げている「近代思想」にはたぶん、平等主義やヒューマニズム、あるいは自由の大切さ……などなどのキャッチコピーが含まれているところに問題がある。ここで著者の「近代観の一面性」が充分露呈すると言ってもいいのだが、「ヘーゲルを典型とする西洋近代の思想とナチズムの思想と行動との落差は容易に埋まらない」という問いかけはどうだろうか――著者は、ヘーゲルを生んだドイツの近代が、何故、ナチズムという「反近代主義」を生んだのか、と真剣に問いかける。アドルノ読みからすれば、こんな問いかけは「ナチズムが反近代主義なのではなく、ナチズムこそ究極の近代主義のひとつの形なのであって、そこに疑問はいまさら抱かないよ」と言いたくなるところである。


 と、ケチをつけまくったがちゃんと読むと「あ、なるほどこれはこんな風に説明すれば分かりやすいか」とか勉強になるのでそんなに悪くはない……ような気もする。ヘーゲルの自然概念なんかのくだりは普通に面白かった。あ、あと新年あけましておめでとうございます。今年も昨年と変わらず、こんな感じで適当な本の感想を書いていきます。よろしくお願いいたします。





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