「中世の大思想家たち」より『アヴィンセンナ』を読む アヴィセンナの生涯とそのバックグラウンドについて(アカデミー編)

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Avicenna (Great Medieval Thinkers)
Jon McGinnis
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先日巻頭言の翻訳を載せたアヴィセンナの本の第一章を読みました。ここでは「Avicennna's Intelelectual And Historical Milieu」というタイトルで彼の思想と歴史的環境について詳述されています。現在のアラル海の南東、現在のウズベキスタンで980年にこの大思想家は生まれているのですが、話は彼が生まれる前のイスラム社会での知的伝統として受け入れられることになるギリシャの学問体系についての説明からはじまります。ギリシャの学的巨人といえば、言わずと知れたザ・哲学者ことアリストテレス。6世紀前半ごろまでアテネとアレクサンドリアのアカデミーで教えられてきたカリキュラムは、彼の哲学体系に沿って作られていました。以下、アリストテレスの哲学体系についての教科書的な説明も含みますが、今日はこのはじまりの部分をざっくりとまとめておきましょう。

アテネとアレクサンドリアのアカデミーのカリキュラムはまず論理学にはじまります。ここでアリストテレス哲学のキーとなる概念を学ぶと次に範疇論に進んでいく。これとは別途数学や幾何学は論理的な能力を鍛える基礎として考えられており、アリストテレス哲学とは別にエウクレイデスも学ばれていたそうです。特徴的なのは、すべての基礎がとにかくロジックの能力であり、これは修辞学や詩学においても同様に重要な役割を果たす、と考えられていました。科学にしても哲学にしても、我々が存在する世界について深い理解に達することが目的とされる。この目的にたどり着くための基準というかルールとして、古代、そして中世の人々は次のような考えを共有していたといいます。第一に「現象に対する説明を与えること」、第二に「説明は必然的なものでなくてはならないこと(現象がたまたま起きることなんかありえない、現象にはなんか理由があるはず!)」。ロジックとは、こうしたふたつの基準を満たすために必要不可欠な要素だったわけです。

さてアリストテレス自身は世界に起こる現象の数々をどのような体系で説明していたのでしょうか。それが有名な「四原因説」にあたります。彼は世界の仕組みを「質料因(the material cause)」、「形相因(the formal cause)」、「作用因(the efficient cause)」、「目的因(the final cause)」の4つの要素に分解して考えました(それぞれの因子について原文から引用してますが、もちろんアリストテレスは英語で考えていたわけではありません。日本語のテクニカル・タームは英語でみたほうがわかりやすい感じがするので引用しました)。原文ではそれぞれの因子がどういうものなのか、ベッドの例で説明されているんですが、
  • ベッドの材料となっている木 = 質料 
  • ベッドっぽさ(ベッドらしさ、木で作られた構造物がベッドに見えること) = 形相 
  • 木の集合体からベッドっぽさを生み出し「This is a bed!」と呼ばせるなにか = 作用 
  • ベッドて寝やすいよな! = 目的 
という感じ。アカデミーではこうした考え方を身につけると次に自然学へと進みます。これには「天について」という重要な著作が含まれており、これがプトレマイオスの『アルマゲスト』とセットで、世界体系を説明する学問として学ばれました。アリストテレスの世界体系において、世界は「天界(月がある世界)」と「月下界(月の下にある世界)」に二分されます。ここにはそれぞれ別な仕組みがあって「天について」で説明されるのは文字通り、天界について。月下界は「生成と消滅について」という別な著作で勉強します。天にある星はなんか不滅のように規則正しく動いているのに、我々をとりまく世の中には生まれたり、消えたりするもんがあるぞ! とアリストテレスが不思議に思った、と考えると世界が2つにわけわれたのも納得かもしれません。その他、アリストテレスの自然学には気象論、霊魂についてなどがある。このうち、アリストテレスの生理学的な研究については2世紀のガレノスという人(この人も思想史上重要!)に引き継がれ、発展するのですがアカデミーのカリキュラムには含まれていなかったそうです。

自然学を学び終えた学生は、いよいよ形而上学にはいっていきます。大体、具体的なものから、抽象的なものへとカリキュラムが進んでいくのですね。当時の形而上学では、アリストテレスの著作の理解を促すものとして、プラトンの著作も併読されています。といっても、ここでのプラトンはプラトン自身の考えではなく、後代のプロティヌスやプロクルスといった新プラトン主義者たちの解釈の強い影響下で読まれていたといいます。また「絶対的な一者から流出したものが、すべての存在の原理であり、ゆえに世界はひとつ!」というアリストテレスの考えは、新プラトン主義の文脈から読み解かれることになる。これには、プロティヌスやプロクルスの著作がアリストテレスの著作だと間違って伝わっていた……という深いわけがあるんですが、このような誤解があってこそ、アヴィセンナが生きたアラビア世界にも新プラトン主義が伝わったのであーる、というところに歴史のロマンを感じますね。

形而上学を修めた学生たちはさらに道徳学を学ぶことになります。アリストテレスの著作には『ニコマコス倫理学』としてまとめられた有名な道徳についての著作がありますが、倫理は政治学に従属するものである、と、この著作の冒頭でアリストテレス自身が言っていることにあわせるように順番が変わってくる。倫理よりも政治、とくにプラトンの『国家』や『法律』が重要なものとして読まれたようです。その後のアラビア世界でもプラトンの『国家』で唱えられる哲人政治は、ムハンマドのような預言者や理想のカリフなどと関連づけられて伝えられたんだそう。

次回は、アラビア世界の思想的背景についてまとめていきましょう。やる気がでたときに……。(続き

2 件のコメント :

  1. 全く些細な点ですが、efficient cause の哲学分野における訳は通常「作用因」となると思います。この著作やアヴィセンナの「自然学」の英訳も偉業ですが、McGinnis 氏は、個々の論文もまた素晴らしいです。霊魂論の Dag Hasse、形而上学の Amos Bertolacci と共にアヴィセンナ研究を塗り替えた人ですね。

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  2. 修正させていただきました。まだ、一章をまとめきれてないので読書もストップ中ですが、良い本ですねえ。読みやすくて、しかも広い範囲の勉強ができる。

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