Joscelyn Godwin
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思想哲学から音楽まで手広く手がけている歴史家、ジョスリン・ゴドウィンによるロバート・フラッドの思想の概説書を読みました。ここではフラッドのバイオグラフィーと、彼の著作に収録された図像をテーマごとに分類し、注解を加えていく、という作業によって、イギリスに遅れてやってきたルネサンス思想の流れのなかで花開いたフラッドの宇宙観・生命観が浮かび上がります。彼の業績について、当ブログではフランセス・イェイツの『記憶術』を紹介した際やペルジーニの『哲学的建築』を紹介した際にも触れていますが、このイギリス人医師兼錬金術師は「遅れてきたルネサンス人」、「ポスト・ジョルダーノ・ブルーノのヘルメス主義者」として(時代は若干ズレますけれど)ドイツ出身のアタナシウス・キルヒャーとあわせて、イェイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』でも言及されている人物です。私は彼のバイオグラフィーを本書で初めて読んだのですけれど、彼が生きていた当時、文献学者の指摘によってすでにヘルメス文書は紀元後のさまざまな時期に書かれた偽書(ヘルメス・トリスメギストスによって書かれた超古代の文献ではない!)であることが判明していたにも関わらず、そこにガッツリとハマってしまった人物だけあって面白い記述に多々出くわしました。
フラッドは1574年生まれ、1592年にオックスフォード大学に入学するまでは何をしていたかよくわからないそうなのですが、大学でまず文学修士を取得するとヨーロッパ各地を放浪する旅にでて、そこで彼はパラケルスス主義医学に出会います。それから彼はイギリスに戻って医学を勉強して、1605年に医学学士を取得。開業医になろうとライセンスを取ろうとするところで色々と四苦八苦があったようです。大陸でパラケルスス主義医学に出会ってしまったフラッドは、当時のイギリスでの主流であったガレノス主義医学と反りがあわず、口頭試問で試験官を罵倒するなど、まるで大手マスメディアにいきなりブチ切れる脳科学者のごとき行動に出ていたとのこと(こうした記録がオックスフォード大学に残っているのもなんかスゴい)。
最終的には晴れて開業医として活動できるようになり、しかもかなり儲けていた、というフラッドなんですが、彼の処方術についての当時の人のコメントには「とにかく高邁な感じの表現で患者さんをまくしたて、彼のことを信じさせちゃうから効果があるように見えちゃうんじゃないの?」という疑わしい感じが全開になっているものもあったようです。ゴドウィンもこれについて「どうやら霊能力ヒーラー的ななにかだったみたいだ」と評価しています。フラッドの処方術は、具体的にはホロスコープを見たり、磁気によって治療したり、といった秘密めいた手法によっておこなわれ、ここには現代における手かざし療法的な「アレな代替医療」と強い関連を見いだせるでしょう。
一時期、ホメオパシーが社会問題的にも扱われていましたが、その始祖にパラケルススが置かれることもあるため、パラケルスス主義者であったフラッドがそういう感じに読めるのも当然、と言えば当然です。元祖ニューエイジ、というと「うーむ、古いんだか、新しいんだか」とよくわからない感じになってしまいますが、フラッドの思想に触れるとニューエイジ的な医療で言われている理論的な説明が、それほど「ニュー」ではないことが分かる気がしました。たまたま最近、オーラソーマという団体の存在を知ったのですが(詳しくは『やさしくわかるオーラソーマ』を参照のこと)、この団体が言っていることって、おそろしくフラッドの思想と一致しているのですね。いくつかのテクニカル・タームが東洋思想のモノに置換されていますが(チャクラや陰陽など)、根本は同じ。陰陽の対立については東洋独自に見えるけれど、フラッドにおいては「陽アレフ」、「陰アレフ」の対立として表現されています。もっというと、オーラソーマの光のモチーフもクルト・ゴルトアマーが「初期近代の哲学的世界観、神秘学、神智学における光シンボル」で指摘する光シンボルの伝統へひもづけられます(この論文は『ミクロコスモス』第一集で読める)。
フラッドのバイオグラフィーでは、彼が「穢れなき童貞」であることを誇っていた、というのもちょっと面白かったですね。なんでも彼は「肉体的な欲望などは儚いし、人間の堕落にも結びついておる!」と考えてたんだとか。本編で紹介されるビザールな図像の数々は、そうした童貞力によってイメージされたものを職人の手によってプリントアウトされた、と思うと、なにか味わい深いものがありますね……。
ここまで本編の話をまったく書いてないんですが、実はこの本、本編のほうはそんなに面白くなくて。というのも、資料集っぽい作りなんですよね。前述の通り、著者は図像に対して丁寧にコメントしていって、フラッドが言わんとしていたことがとても分かりやすくなっている、でもそこで言われていることって「うーん、ヘルメス主義者としては結構優等生っぽい感じが」と、そこまで面白く感じない。フラッド研究者の人が参照するのに便利かもしれないけれど、読み物としてはどうか。とにかくビザールな図像が好きで仕方ない人は良いかもしれないですが「歴史研究」としてはダイナミックなところに欠けると思いました。
でも、フラッドが、音楽的なハーモニー(調和)が、世界との調和と結びつけていたのははちょっと面白いですね。キルヒャーも音楽についての本を書いているけど、目に見えない世界との調和が、同じく目に見えない音楽の調和に表現される、とかそういう感じなのだろうか。
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(原題とまったく違う邦題つきで)邦訳もありますが、すでにかなりのプレミア価格がついています。それだけの価値がある内容の本か、っていうとそうでもないです。原著は大判のペーパーバックで、結構安く買える。英語はそんなに難しくないし、図像だけ読んで楽しむだけならこっちで原著で良いかと。
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