フエンテス
集英社
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集英社「ラテンアメリカの文学」14巻は、今年亡くなったメキシコのカルロス・フエンテスの『脱皮』です。ガルシア=マルケスがもはや新しい作品を書けない状態となり、フエンテスが亡くなり、70年代のラテンアメリカ文学ブームを支えた作家で元気なのは、ペルーのバルガス=リョサだけになってしまった感がありますが、翻訳はかなりいろんな本が出ていますし、ラテンアメリカ文学再ブームの兆しさえ感じられます。最近では、山形浩生さんが集中的にフエンテスの作品を読まれていて、ブログに書かれている書評はフエンテスという作家を理解するのにとても役立つ。とくにフエンテスがどういう作品を書いていたかの総まとめとしては『聖域』への書評が良いでしょう。少し引用。
さて、文学の多くは、近代化に苦闘する人の話で、だからしがらみの中で自由を求めて苦悶する、というのが常道だ。古い習慣や因習と、新しい自由な世界、というわけ。そして、そこで自由になりきれない自分、社会の進歩を阻害する因習、でもそこにあるノスタルジー、といったものがからむけれど、でも基本的には自由と近代的自我がよい。因習はどっちかといえばネガティブだ。
でも、フエンテスや一部ラテンアメリカ小説の特徴というのは、それが逆の場合がしばしばあることだ。そこに描かれているのは、己の神話的なルーツや関係に苦しむ人々のようでありながら、実はフエンテスはそれにあこがれていて、その閉塞感から逃れたいとは思っていない。フエンテスは、己がずっと外国育ちだったこともあって、「メキシコ人とは何か」という問題にこだわっており、それが当時のメキシコの状況ともうまく呼応したのがその評価の高さをもたらしている。『脱皮』も基本的には、ここで指摘されている「メキシコ人とは何か」小説です。ストーリーは、国連の職員で文学者でもある初老のメキシコ人(フエンテスが投影されたキャラ)が、倦怠期の妻(ユダヤ系アメリカ人)、若い愛人(新しい世代のメキシコ人)、妻の愛人(プラハ出身)が複雑な四角関係を結びつつ、メキシコを旅する、というお話。
そこに謎の語り手が 4人の内誰かを殺害する予告を読者に向かっておこなうことでサスペンス風の引っ張り方がなされ、さらに4人の過去をさまざまなタイミングで挿入しながら多線的・多層的な時間が小説のなかに流れている。時間軸のメインとなるのは60年代後半ですが、それはポップ・カルチャー全盛期でもあり、ビートルズやジョアン・ジルベルトといった最新の文化、第二次大戦戦前のハリウッド映画、それからヨーロッパのゴシックかつクラシカルなイメージ群が混じりあうのも特徴的……なのですが、かなり混み入った小説でありながら結構オチはしょうもなかったり……。
以前に読んだときは、この魔術的で悪魔的なイメージの氾濫に魅せられたものですが、実はそれは初球でデッドボールスレスレのストレートを内角に放る見せ球のようなもので、様々な文化の混じりあい、様々な人間の視点から多角的にメキシコという国を描こうとしているにしても、もうちょっとやり方があったのでは、と思ってしまう。後年の『老いぼれグリンゴ』は、メキシコ革命に参戦したアンブローズ・ビアスを主人公にした小説ですが、これぐらいシンプルでも良かったのでは、とか。『脱皮』を通読したのは2度目で、あんまり覚えてなかったのですが、読み直したらちょっとガッカリしてしまいました。中盤ぐらいまではスゴい面白かったんだけれど飽きる。
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