ジョスリン・ゴドウィン
工作舎
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そのあたりの原書そのもののパワーの弱さを補うためなのか、邦訳にはボートラ的に澁澤龍彦、中野美代子、荒俣宏が文章を寄せているんですが、荒俣先生以外は正直ほとんど読む価値なし。中野美代子の文章は、『シナ図説』という当時のイエズス会宣教師のネットワークを駆使して極東から寄せられた情報をもとにキルヒャーが作った中国についてのヴィジュアル百科事典的書物の「おかしな点」をあげつらうばかりで、ゴドウィンとレヴェル感は変わらないし、澁澤にいたっては、紙の無駄ですよ(本文と重複しまくるキルヒャーの略伝で半分ぐらいスペースを使っている)。 信じられるのは荒俣先生だけ!
ここでの荒俣先生は、まず、キルヒャーが図像を用いた理由を「活字印刷本の普及とともに『見ながら考える』、『考えるために見る』、という今日的思考方式が、ラテン語などの通じない蛮地へおもむきつつあったイエズス会の布教技術と通じる本質を備えていたためである」とし、ポスト・キルヒャーの人物を3人紹介しています。この3人の人物の紹介は、面白人物の紹介、という感じで終わっている感があるんですけれども、冒頭のキルヒャーのヴィジュアル・ショック戦略の評価によって、本書で紹介される図像の数々の意味合いが変わってくる気が。
つまりこの評価によって、キルヒャーの図像群が「おもしれ〜、ぶひゃひゃ!」で終わるものではなく、それが何らかの理解を促すためのツールであり、シンボルであった、という位置づけがされるわけで、これは、イエイツの仕事を持ち出すならば『記憶術』の内容や、あるいは、ジョルダーノ・ブルーノが用いた秘印を連想させます(ブルーノは、著作のなかで謎めいた記号を用いることで、神秘的な秘術を伝えようとした、とか)。ヴィジュアル・ショックの系譜学を描くなら、キルヒャーは相当に重要であるなあ、と思わされます。単にゲラゲラ笑ってるだけだとあまりに広がりがなく終わってしまう本になってしまうので、これは荒俣先生のナイス・サポートが光る! と個人的に思いました。
あんまり本書を褒めてないですが、つまらない本ではなかったです。ビザールな図像を眺めてると愉快な気持ちになりますし、ただ、読みどころが結構難しい気がするんですよね。荒俣先生の解説みたいにちょっとしたところから、ストーリーが見えるときがあるんだけれども、本の方から雄弁に語りかけてくるようなものでもないです。やはり種本なのかなあ、と。キルヒャーの伝記的記述とか読んでて面白いんですけれどね(フラッドの本も伝記部分が良かったです)。彼はドイツ生まれのイエズス会修道士ですから、30年戦争とかで大変な目にあってたりするわけです。「ドイツって新教徒の地域でしょ〜」なんとなく思ってたんですが、新教徒のなかにもいろいろいたし、キルヒャーみたいにカトリックだっていて、一枚岩では全然ない。そのへんの思想地図をちょっと調べてみたいなあ〜、とか思った。
あと、イエズス会がほぼ全世界に張り巡らせていたネットワークが改めてスゴいな、と。前述の通りこれを利用してキルヒャーは各地の情報を集め、エジプトや中国について本を書いてたんだけれども、このネットワークはその後なんかに使われてたりしないんだろうか……(ピンチョンの『競馬ナンバー49』にでてくるトライステロは、中世の騎士団が起源となった秘密郵便組織だっけ……? そういうのも連想する)。
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