夏だからラテンというわけでなく

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The Best of Eddie Palmieri
The Best of Eddie Palmieri
posted with amazlet on 06.08.08
Eddie Palmieri
Charly (2004/07/19)
売り上げランキング: 82,537



 エディー・パルミェーリという人の音源を友人が貸してくれたので繰り返し聴いています。なんでもこの人「サルサ界のマイルス・デイヴィス」的存在らしく、その道ではとても有名な人らしい。60年代末からロックの影響を受け「ラテン・サウンド版グレイトフル・デッド、もしくはP-ファンク」とも形容される音楽を生み出した人なんだとか。





 借りたのは『Superimposition』(1970年)というアルバムなんですが、アマゾンで見つからなかったのでこのアルバムの曲が幾つか入っているベスト盤を挙げておきました。聴いたアルバムは「ラテン・サウンド版P-ファンク」と呼べるほど刺激を感じませんでしたが、ラテン系のパーカッションがポコポコと鳴っている上で、彼の流麗なピアノのプレイと威勢の良いホーンが絡み合うという素敵なフゥージョンアルバムでした。縦に振動するファンキーなリズムではなく、横に回転するグルーヴが心地よく、意識が不思議なところに持っていかれる感じ。ちょっとリターン・トゥ・フォーエヴァーにも近いな。





 そもそもサルサという音楽自体、キューバのルンバがアメリカで発展したものだそうで「純粋にワールドミュージックと言えるか?」と言えば微妙なライン。言ってみれば「マージナル(境界線上)の音楽」なんでしょう。元々からして「フゥージョン」的だったわけで、そこに70年代のチック・コリアを感じてしまうのも当然と言えば当然なのかもしれません。何らかのもの(A)が異文化(B)と触れ合ったときに素晴らしいもの(C)が生まれてくる、と言った現象を追っていくという行為には一粒で二度美味しいような楽しみがあります。もちろんそれは「ルンバ原理主義」の人からすれば「サルサなんて邪道だよ」と言われてしまうかもしれないけれど、一種の発展とも言えるわけで。





 そういった「発展」は、ルンバがサルサという別の「ジャンル」へと変化したような大掛かりなものだけでなくジャンルを保ったままでも行われることがあります。最近それを感じたのはポルトガルのファドを聴いていたときのこと。ファド界ではアマリア・ロドリゲスというとても有名な女性歌手がいるのですが、彼女の3枚組のベスト盤を聴いていると時々ものすごくアメリカのポップスっぽいアレンジが加えられている曲があったりするんですね。バックはストリングスが演奏していて、ヴォーカルの対旋律がオーボエ…みたいな。本来であれば、ファドのバックはギターラと呼ばれる12弦ギターによって演奏されるべきなのかもしれません。でも、ストリングスとオーボエをバックに歌うアマリア・ロドリゲスの「ファド」も、とても良いものなんです。アメリカン・ポップス風アレンジの曲が発表された年代なんかを見ると、ちょうどアマリア・ロドリゲスがポルトガル国内で圧倒的な人気を収め、主演映画も作られた時期で、国外にもアピールしようという思惑もあったのかもしれません。「一つ、アメリカっぽいアレンジで売り出してみるか!」みたいな。そこにはむちゃくちゃ金、というか資本の臭いがするんだけれど、私のような「お金がかかっていれば何でも好き」みたいな人間にとっては、喜ばしい現象で「資本万歳!」と叫びたくなるぐらい素晴らしく思ってしまいます。





 エディー・パルミェーリの音楽だって、あれだけ豪華なパーカッション陣を揃えるならば金が掛からないはずがなく、そこには資本の力が必要不可欠だったんじゃなろーか。よく「守銭奴が!」とか言ってお金の臭いがするアーティストを嫌い人がいるけれど、それも間違いなんじゃないかなぁ、なんて。アーティストのインスピレーションの素晴らしさを語ることはもちろんだけれど、アーティストとお金をめぐる話を語るのも面白いと思います。現にマイルスだって、ベニー・グッドマンだってお金大好きだったわけだし。





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