ジャズと思想と前衛と

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ジャズの十月革命
ジャズの十月革命
posted with amazlet on 06.08.24
植草甚一
晶文社 (2005/04)
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 「植草甚一、面白いっすよー」と聞いていたので読まなきゃいけないかなぁ、と思って読む。植草甚一、平岡正明、相倉久人って現在どんだけの人に読まれてんのかなぁ。これらのジャズ評論家が古書店を熱心に巡ってるようなタイプの人間に好まれていそうなイメージがあるんだけど、よく行く古書店の本棚で名前をみるせいで錯覚してるのかもしれない。




 『ジャズの十月革命』に収録された文章は半分近くがオーネット・コールマンに対するもの。どの文章にも割と似たような内容のものが書かれていて、正直食傷気味になりページをめくる指が鈍る。「オーネット・コールマンが極貧だった」とか「オーネット・コールマンを理解できない人はホンモノじゃない」みたいなことが書かれている。お決まりのようにオーネット・コールマンの激しいブロウは「極貧、人種差別から生まれた《エモーショナル》な叫び」と評されていて、このあたりは「批評―(音楽)―演奏者」という流れを意識させられる。だから、結局のところ「ジャズ批評って『ジャズを語るもの』というよりも『ジャズ・ミュージシャンを語るもの』」なんだろうな、と思う。「ブラインド・テスト(目隠ししてレコードを聴いてもらい、誰が演奏しているか当てる)」に人気が集まり、演奏から個人がどれだけ現れるか、というところに意識が注がれる点にもその「ミュージシャンへの語りの偏り」が現れてるのではなかろーか。そういえば『ポピュラー音楽について』というアドルノの雑誌論文*1でその点は批判されていた。





 正直、一応論文のためとは言えこのような評論を続けて読んでいると気が滅入るものだし、最初から「エモーションだって。なんかシラけちゃうなぁ……」という態度で読んでいるため結構キツくなってきた。音楽と評論(批評)との距離の遠さが最初は面白かったんだけれどなぁ。ちなみにオーネット・コールマンの話が終わると、セシル・テイラーの話が続きます。






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