村上春樹『遠い太鼓』

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遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)







 アドルノの箸休めのつもりで読み始めて、一気に読み終えてしまう。500ページを超すヴォリュームのある旅行記(あるいは旅行スケッチ)で、適度な退屈感と適度な面白さがつまった本である。感動や含蓄、教養といった「読書することで得られる滋養」みたいなものは何一つないんだけれど、とにかく文章は「読める文章」だから読めてしまう――こういうとき「自分は結構“本を読むこと”が好きなんだなぁ」とか思う。読むこと自体が目的となっている、というか。そこで得られるものは何もなくても「とりあえず読めれば楽しくなってしまう」。得した性格かもしれない。


 そうは言っても「滋養が無く“読める文章”」を書ける人はなかなかいなくて、特に偉い人になればなるほど説教臭かったり、無理やり滋養を詰め込んだような文章になってしまう。その点で、村上春樹のエッセイはどれも無理が無くて好きだ。しょうもないことがとても丁寧に語られている。食べても全然栄養にならない料理を作る職人みたいである。


 本の内容は筆者の3年間に渡るヨーロッパ生活の模様をまとめたもの(この生活の間に『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』が書かれている)。本のページが進めば進むほど、書かれている文章は「ちゃんとしたエッセイ」のような形式で書かれるようになるのだが、日本を飛び出してきてからヨーロッパの生活に慣れてくるまでが書かれた前半のほうが面白かった。


 前半の文章はとても疲労している。読んでいてクスクスと笑いがこみ上げて来るような話はほとんど無い感じがする。文章もすごく硬くて、村上春樹的な形容句も控えめだ。しかし、そこから伝わってくる「疲労感」がレイモンド・カーヴァーの詩(もちろん村上春樹によって翻訳された)と通ずるものがある。





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