千人の交響曲

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 マーラーの交響曲第8番には《千人の交響曲》という副題が添えられている。といっても、実際に1000人の演奏家によって演奏されるのは稀なので「誤解を招く表現」として公正取引委員会などから注意があるかもしれない。そうはいっても演奏するには850人程度の人員が必要ということで、クラシックの歴史のなかで最大規模の作品のひとつであることは間違いない(通常のほぼ倍の人数で組まれたオーケストラに、ソプラノが3人、アルトが2人、テナーが1人、バリトン1人、バスが1人、合唱団、少年合唱団そしてオルガンが加わる)。

 演奏時間も長く、1時間半を軽く超えてしまうからとてもCD一枚には収まりきらない。必然的に2枚組になってしまうわけだが、都合の良いことにこの曲は2部構成となっているため綺麗に収まってしまう。マーラーは生前に自分の作品を理解しなかった聴衆を嘆き「いずれ私の時代がくる」と言ったとか言わなかったという話*1があるが、もしかしたらマーラーの予言した「私の時代」とはこういうことだったのか……。


 と、つまらない冗談をしたためてしまったけれども、この曲において一番驚くべき部分は内容に関してであろう。マーラーの作品では、民謡や当時の通俗歌のメロディが使用されていることがよく特徴としてあげられているが、例に漏れずこの曲でもそのような特徴が指摘できる。また、それらの「他人のメロディ」のなかに自作の引用も見受けられる(19世紀末そして20世紀初頭のマッシュアップ)。様々な音楽的要素が混在すれば、曲がゴチャゴチャとしたものとなるのは誰もが予想できるだろう――そしてやっぱりこの曲はゴチャゴチャしている。


 しかし、このゴチャゴチャとした印象は決して崩壊を迎えることがない。もう少しでダムが決壊してしまう……というギリギリのところを渡りつつ、音楽は進行を続ける。それぞれの要素がまるで別の方向を向いて動いているというのに、音楽がバラバラにならないのが不思議である。850人以上の演奏者といえば「小さな村」レベルの人数だが、これほどバラバラで、かつ上手く運動を続ける村は現実に存在しないだろう、とも思う。



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 そういえば以前、プロレスラー西村修の公式サイトを観ていたらこの曲がいきなり流れてきてすごく驚いた覚えがある。




*1:マーラーの妻、アルマ・マーラーによるでっちあげ、という説がある





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