音楽の混ざり物

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 「プログレ歌謡」、「テクノ歌謡」、「AOR歌謡」……歌謡に色々あるけれど、そもそも「歌謡曲」というジャンルははじまりから「混ざり物」的要素があるのだから、そこにプログレが入ろうが、テクノが入ろうが、AORが入ろうが、実のところ取り立てて騒ぐ必要など無かったのかもしれません。舶来モノの音楽への日本的な要素の混合によって「歌謡曲」が生まれたのだとしたら(実証性がない印象論ですが、特にシャンソンの影響は濃いように聞こえます)、むしろプログレやテクノやAORを取り入れていくのはごく自然な流れだったのではないでしょうか。むしろ、我々は現代に何故「ポストロック歌謡」や「エレクトロニ歌謡」、あるいは「ヒップホップ歌YO」が存在しないのかを問わなければならない気さえします。


 厳密に言えば「J-POP」という大きなくくりで呼ばれる音楽には、そういった混ざりモノ感が色濃く残っています。例えば、エイベックス・トラックスを筆頭にしたダンス・ミュージック系の音楽は「トランス歌謡」と呼ぶことができるかもしれません。あるいは湘南乃風は「レゲエ歌謡」とも呼べるでしょう。しかし、そこには「ホンモノ」と呼ぶための大切な何かが欠けているような気がします。逆にJ-POPにあって歌謡曲にないもの、と言えば「使い捨て感」でしょうか――「AOR歌謡」の金字塔とも言える寺尾聰の「ルビーの指輪」を聴いていて、そんなことを考えました。



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 それではドラムがヴィニー・カリウタ(あのフランク・ザッパ門下生の!)で演奏される「ルビーの指輪」をどうぞ。スティーリー・ダンもドゥービー・ブラザーズも裸足で逃げ出すほどの、ホンモノ感。混ざり物が昇華された瞬間。





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