- ジャック・ロジェ 「十七世紀前半における医学と科学の精神(一)」逸見龍生訳、『新潟大学言語文化研究』6号、2000年、13-25
フランスの歴史家、ジャック・ロジェの著作『18世紀のフランス思想における生命科学』の第1章を翻訳で読む。ここでは、17世紀前半のフランスでどのように医学が学ばれ、どのように医師が育てられたのかを中世以来の知的背景とあわせて紐解くとともに、16世紀に破壊的イノヴェーター、パラケルススの医学が登場したことによって、フランスの医学界がどのように揺れたのかがまとめられています。
東洋医学が伝統的な体系を脈々と受け継ぎ、現代まで実践されているのに対して(本当はよくしらないけれど)、西洋医学の場合、近代以前におこなわれてきたものと、それ以降のものとでは体系そのものが異なっているように見えます。現代に引き継がれなかったほうの西洋医学は、ほぼ完全に忘れ去られたと言って良いでしょう(一部、ニューエイジ系の代替医療のなかで東洋思想的なテクニカル・タームをもって変奏されている例もあるけれども)。ここで扱われているのは、その忘れられてしまったほうの医学です。そこにはまったくいまでは想像できない、まさに驚くべき営みが描かれている。17世紀の伝統的な医者にとって、医学はすでに過去の偉大な知識人たち、アリストテレス、ヒポクラテス、ガレノス、アヴィセンナ……などによって完成されたものであって、自分たちは彼らが残したテキストに注釈を加えることに専念するという態度をとります。自分たちがなにか新しい研究をして、新しい事実をみつけるなんて、そんなめっそうもない!
こうした保守的態度は学問の停滞を生みます。フランスの各都市の医学会は、実験をもとに新しい医学の道を探ろうとする者たちを激しく攻撃したようです。これは既得権益を守るためのダーティなおこないに読めるでしょう。パラケルスス主義がスキャンダラスなものとして扱われたのにはこのような背景がありました。しかし、激しい批判にあおうとも新しい道を選ぼうとする人たちもいるわけです。この伝統と革新との対立もひとつのストーリーを描いている。
それにしても、この手の医学史の本を読んでいて毎回不思議に思うのは、昔の医学は「効果があるほうがラッキー。むしろ、やらないほうがマシ」ぐらいのレヴェルであったのに、どうして長いあいだ権威を保ていたのだろう? ということです。効果があるから信頼される、その信頼の積み上げによって権威が形成されるなら理解できる。逆に、たまにしか効かないからこそ、奇跡のように扱われ、それが信頼を生むとでも言うのでしょうか? そもそも伝統が権威として存在してしまっていると、なにをやっても許されてしまうのでしょうか? 昔の医師が施術に失敗したとき、どんな風に言い逃れたのだろう……などと想像を膨らませていくと興味は尽きません。
Sciences de La Vie Dans La Pensee Francaise Au Xviiie Siecle (Les) (Collections Histoire)
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Jacques Roger
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原書はこちら(マーケットプレイスでとんでもねえ値段になっている……)。なお、ジャック・ロジェの著作は、平井浩さんが歴史を目指すキッカケを作ったそうです。
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