藤本大士 『秋田藩領および幕領の鉱山における医療環境: 近世後期の公儀による医療政策の展開』

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  • 藤本大士 『秋田藩領および幕領の鉱山における医療環境――近世後期の公儀による医療政策の展開』(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系 修士学位論文[仮]、2013)

「fチョメブログ」でおなじみの藤本大士さんの修士論文を読みました。執筆者自身による要旨はこちらに公開されています(藤本さんのブログは毎回読みやすい長さで、すごく勉強になる記事がアップされているのでオススメです。個人的にいま最も更新を楽しみにしているブログのひとつ)。

タイトルにあるとおり、本論文では近世後期における医療政策がテーマになっています。たとえば、徳川吉宗がいまの小石川植物園に公的な医療機関を設立し、同時に薬草事業をおこなわせています。この史実をご存知の方は多いかもしれません(タモリとかが話してそう)。しかし、こうした政策はイマイチ定着することなく、民衆レベルでの効果は認められないと評価されているといいます。その一方、秋田藩でおこなわれた医療政策は、効果が認められるものでした。ここで筆者は、効果があった政策となかった政策の違いはどこにあるのかに注目し、その効果のある政策がどのように進められたのかを記述しようとする。

論文では、医療政策の明暗を分けた要因として「仁政イデオロギー」があげられています。これは文字通り仁という価値観にそって政治をしていこうではないかッ、というものだと思いますが、単に権力が民衆に押し付ける思想ではありません。むしろ、権力と民衆とが共有し、民衆の側からもそのイデオロギーにそった要求をおこなえる概念とされている。たとえば、民衆が「なんかいま、仁が足りてないんじゃないですか!」と思ったら、それを理由に一揆をおこせた……とか、そういう価値観として定義されます。これが権力と民衆のあいだでうまく共有されていたからこそ、秋田藩での医療政策(とくに秋田の鉱山労働者に対する)は効果的だった、と筆者は指摘している。

正直に申し上げて、これを説得力をもって言い切るにはまだ史料と記述が足りていないような気がするし、うまくいかなかった医療政策がどのように仁政が共有されていた状況での医療政策と違っていたかは、よりクリアに描かれる必要があるようにも思います。しかし、仁政によらない医療政策の目的が、医療をおさえることで支配を強めようとする権力の行使であったのに対して、仁政による医療政策がある種の社会福祉によって、派生的な結果として経済的な目的(ここでは鉱山労働者の健康を保つことで、鉱山経営を円滑化する)を達成しようとした、という違いはとても興味深く読めました。そもそも、政策を駆動していたのが「仁」という、今で言うなら「人間力」みたいな、モヤモヤッとした概念だったこと自体が面白いですよね。いまで言うと、経済成長であったり、文化的に豊かな生活であったり、もう少しわかりやすいものが念頭に置かれているような気がしますし、そこでの現代と過去とのちがいが、時代によって政治や行政に求められる資質の違いも表しているようです。

徳川綱吉による悪名高い「生類憐みの令」も論文中では、仁政の源流となった社会福祉政策のひとつとして評価されているのも面白かった。映画『大奥 ~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』で綱吉を演じた菅野美穂さんは、この記事を読んでたら是非、藤本さんに問い合わせいただき、一読していただきたい。私自身、江戸時代(雑な時代区分……)のことはよくわからない門外漢ではありますが、それゆえに知らなかったことしか書かれていないので、もうなにがきても面白くて興奮しました。徳川吉宗や平賀源内、田沼意次などちょうど漫画『大奥』に登場する人物への言及も多い(平賀源内は秋田でも活躍した、と論文中にあります)ですが、徳川吉宗は軽くdisられてる箇所があるので、映画『大奥』で吉宗を演じた柴咲コウさんは読まないほうが良いかもしれません。

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