スキップしてメイン コンテンツに移動

Steve Reich/WTC 9/11:ライヒ生誕75周年で大ネタを




Wtc 9/11/Mallet Quartet/Dance Patterns
Steve Reich
Nonesuch (2011-09-20)
売り上げランキング: 13



《WTC 9/11》はタイトルのとおりアメリカ同時多発テロ事件を題材にしたスティーヴ・ライヒの新作。初演は今年の五月におこなわれており、2011年9月11日のテロ事件10周年の記念式典でも再演されている。初演から1年も経たずにこうして録音物が手に入るのだからライヒという作曲家の存在の特異さを感じずにはいられないのだが、本作はライヒの生誕75周年を記念する作品でもあり、テロ事件から10年とあわせて2重の意味で「大ネタを出してきたなあ」という印象。しかし、そのネタ選びは「ベタだよ、ベタ過ぎるよ」とツッコミを入れざるを得ないものだと言えよう。言うなれば、坂本龍一が阪神大震災をテーマに曲を書くぐらいのベタさがあり(教授のほうはそうしたベタさを今のところ回避しているが)、作品には事件当日の北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)や、ニューヨーク市消防局(FDNY)の無線記録が利用されているのだから、あまりのベタさに「陳腐な作品」という誹りを受けかねない、と感じる。





「ライヒの作品はどれも金太郎飴。今度は《何ファレント・トレイン》? 《何トリック・カンターポイント》?」というのが私のライヒへの感想であり、新作については毎回著しく期待値が低いのだが、そのせいもあって(?)本作は好意的に受け止めることができた。基本的には、クロノス・カルテットの委嘱によって書かれた弦楽四重奏曲、だけれども前述のとおり、2001年9月11日当日の無線記録や、それから9年後のライヒの隣人たちの肉声(FDNYの職員や、遺体安置所でたくさんの遺体が埋葬されるまで詩篇を読み続けた人)が使用されており、弦楽はこの肉声を模倣しながら進行していく。弦楽はこうした肉声の伴奏を務めていると言っても過言ではないだろう。しかし、肉声の生々しさは弦楽によって増長されるわけではなく、むしろ弦楽によってマイルドに響きだす。事件当日の無線記録はインターネット上でも確認できるので、各自で是非聴いていただきたいところだが、その記録はあまりに生々しすぎてとても最後まで聴き続けられないレベルである。そうした直視できない傷跡が音楽によって覆われ、ようやく目に入れても痛くなくなる。





作曲家は、この作品にピカソの《ゲルニカ》を重ねたという。《ゲルニカ》は今や誰も批判できないほど芸術的に評価された作品だろうが、この絵画だって現実よりも凄惨ではない。凄惨な現実は芸術によってモニュメント化される。《WTC 9/11》が目指すのもこうした効果なのだろう。だからと言って、本作が陳腐ではなくなるか、というとそうではない。モニュメント化されてしまうことで覆い隠されてしまう部分もあるわけで、むしろそうした覆い隠された部分をそのまま受け止めることが大切だ、という声もあるだろう(ある事件に名前をつけ、まるで物語的に捉えることのメリット/デメリットにも繋がると思う)。私自身、生のモノは生で受け止めなくてはならない、と考えていた。けれども《WTC 9/11》が目指すものに触れることで、少し「覆い隠すこと」の効用を考えることができた。






D





(《WTC 9/11》の第1楽章。この動画では元々のジャケット案だったワールド・トレード・センターへ2機目の飛行機が追突する瞬間の写真が確認できる)音響的にもライヒらしからぬ不穏さが特徴的である。不気味なほどの緊張感は、2006年に作曲された《ダニエル・ヴァリエーションズ》の重厚さと並び、21世紀に入ってから書かれたライヒの重要作として注目されて良いものだと思う。






D





(《ダニエル・ヴァリエーションズ》の東京初演時の映像)なお、このアルバムには2009年の《マレット・カルテット》、2002年の《ダンス・パターンズ》という作品も収録。そちらは従来型の「《何ファレント・トレイン》? 《何トリック・カンターポイント》?」。《マレット・カルテット》のDVDもついてくる。《WTC 9/11》は15分ほどという短い作品なので、いろいろオマケがついてきた感じ。個人的にビックリしたのは《マレット・カルテット》が坂本龍一の《1919》と冒頭部分で酷似している点。






D





(《マレット・カルテット》)






D





(《1919》)私のなかで「ライヒ-教授 実は同一人物」説が浮上した。





コメント

このブログの人気の投稿

石野卓球・野田努 『テクノボン』

テクノボン posted with amazlet at 11.05.05 石野 卓球 野田 努 JICC出版局 売り上げランキング: 100028 Amazon.co.jp で詳細を見る 石野卓球と野田努による対談形式で編まれたテクノ史。石野卓球の名前を見た瞬間、「あ、ふざけた本ですか」と勘ぐったのだが意外や意外、これが大名著であって驚いた。部分的にはまるでギリシャ哲学の対話篇のごとき深さ。出版年は1993年とかなり古い本ではあるが未だに読む価値を感じる本だった。といっても私はクラブ・ミュージックに対してほとんど門外漢と言っても良い。それだけにテクノについて語られた時に、ゴッド・ファーザー的な存在としてカールハインツ・シュトックハウゼンや、クラフトワークが置かれるのに違和感を感じていた。シュトックハウゼンもクラフトワークも「テクノ」として紹介されて聴いた音楽とまるで違ったものだったから。 本書はこうした疑問にも応えてくれるものだし、また、テクノとテクノ・ポップの距離についても教えてくれる。そもそも、テクノという言葉が広く流通する以前からリアルタイムでこの音楽を聴いてきた2人の語りに魅力がある。テクノ史もやや複雑で、電子音楽の流れを組むものや、パンクやニューウェーヴといったムーヴメントのなかから生まれたもの、あるいはデトロイトのように特殊な社会状況から生まれたものもある。こうした複数の流れの見通しが立つのはリスナーとしてありがたい。 それに今日ではYoutubeという《サブテクスト》がある。『テクノボン』を片手に検索をかけていくと、どんどん世界が広がっていくのが楽しかった。なかでも衝撃的だったのはDAF。リエゾン・ダンジュルースが大好きな私であるから、これがハマるのは当然な気もするけれど、今すぐ中古盤屋とかに駆け込みたくなる衝動に駆られる音。私の耳は、最近の音楽にはまったくハマれない可哀想な耳になってしまったようなので、こうした方面に新たなステップを踏み出して行きたくなる。 あと、カール・クレイグって名前だけは聞いたことあったけど、超カッコ良い~、と思った。学生時代、ニューウェーヴ大好きなヤツは周りにいたけれど、こういうのを聴いている人はいなかった。そういう友人と出会ってたら、今とは随分聴いている音楽が違っただろうなぁ、というほどに、カール・クレイグの音は自分のツ...

土井善晴 『おいしいもののまわり』

おいしいもののまわり posted with amazlet at 16.02.28 土井 善晴 グラフィック社 売り上げランキング: 8,222 Amazon.co.jpで詳細を見る NHKの料理番組でお馴染みの料理研究家、土井善晴による随筆を読む。調理方法や食材だけでなく食器や料理道具など、日本人の食全般について綴ったものなのだが、素晴らしい本だった。食を通じて、生活や社会への反省を促すような内容である。テレビでのあの物腰おだやかで、優しい土井先生の雰囲気とは違った、厳しいことも書かれている。土井先生が料理において感覚や感性を重要視していることが特に印象的だ。 例えば調理法にしても今や様々なレシピがインターネットや本を通じて簡単に手に入り、文字化・情報化・数値化・標準化されている。それらの情報に従えば、そこそこの料理ができあがる。それはとても便利な世の中ではあるけれど、その情報に従うだけでいれば(自分で見たり、聞いたり、感じたりしなくなってしまうから)感覚が鈍ってしまうことに注意しなさい、と土井先生は書いている。これは 尹雄大さんの著作『体の知性を取り戻す』 の内容と重なる部分があると思った。 本書における、日本の伝統が忘れらさられようとしているという危惧と、日本の伝統は素晴らしいという賛辞について、わたしは一概には賛成できない部分があるけれど(ここで取り上げられている「日本人の伝統」は、日本人が単一の民族によって成り立っている、という幻想に寄りかかっている)多くの人に読んでほしい一冊だ。 とにかく至言が満載なのだ。個人的なハイライトは「おひつご飯のおいしさ考」という章。ここでは、なぜ電子ジャーには保温機能がついているのか、を問うなかで日本人が持っている「炊き立て神話」を批判的に捉え 「そろそろご飯が温かければ良いという思い込みは、やめても良いのではないかと思っている」 という提案がされている。これを読んでわたしは電撃に打たれたかのような気分になった。たしかに冷めていても美味しいご飯はある。電子ジャーのなかで保温されているご飯の自明性に疑問を投げかけることは、食をめぐる哲学的な問いのように思える。

2011年7月17日に開催されるクラブイベント「現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」のフライヤーができました

フライヤーは ナナタさん に依頼しました。来月、都内の現代音楽関連のイベントで配ったりすると思います。もらってあげてください。 イベント詳細「夜の現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」