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押切もえの小説を読んだが、彼女は天才かもしれない(押切もえ 『浅き夢見し』)

浅き夢見し
浅き夢見し
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押切 もえ
小学館
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押切もえが構想・執筆に3年かけて書き下ろした処女小説を読む。お話としては、単純でまったく目が出ないモデル志望の女の子(25歳)が、枕営業を持ちかけられるがビビッて逃走、その話がこじれて事務所をクビに……というどん底に突き落とされたところ……からのサクセス・ストーリーになっており「どん底までまで落ちないと這い上がれないタイプ」という作者自身のメンタリティーが反映されたものとなっている。話としてはすげえ単純な話だし、文章も別に上手くない、というか、どこまで編集の人の手なのかわからないけれど、すげえ入っているだろうなあ……という感じであるが、変なケータイ小説よりはたぶん読みやすいのであろう。異様に主語が少ない文章は、句点での区切りも異様に多く、大江健三郎の影響があるのでは、とか、思ったし、突然文章が七五調になったりもし、変態的なリズムで進行する不気味な小説である。もしかしたら天才かもしれない。

実在のブランド(ジミー・チュウの靴がやたらとでてくる気がする)や洋服の記述はさすがにファッション・モデルだな、と思わせるところがあるし、小説の主人公が人気モデルとして成功するまでの道のりには、ダイエットやスキンケアの情報も含まれている。例えば「基礎化粧品は、包み込んで閉じ込める感じで入れていくこと」とか……。小説のなかにファッション雑誌が組み込まれている、といっても良いこの構造は、田中康夫かよ、とも思わされ、またもや、もしかしたら天才かもしれない、と思う。これは凡百のケータイ小説にはない特徴だろう。正直、割とどうでも良い情報ではあるので、軽く読み流してしまうのだが。果たして押切もえファンの女性が、これを読んで、なるほど、お役立ち! となるのだろうか。いや、押切もえファンであれば、この手の情報はすでに常識なのでは……では、誰のための情報なのか……と疑問に思うところがあるけれど。

ベタな展開もだんだん、気持ちよくなってくるんですよね。以下、ネタバレですが、枕営業未遂のシーンでビデオを回されてるとか、最高だな、と思ったし、主人公は最終的に東京ガールズ・コレクション的なイベントにでれるぐらいまで成功するんだけれども、そこでライバル・モデルに怪我させられたりするんだよ……。そのライバルがまた努力で成功をモノにしてきた主人公と違って、天才タイプで成功していくタイプ、なんだけれども「自分がなにやりたいか」とかよくわかってなくて、もう夢に向かって必死感だしまくってる主人公がうらやましい、という動機で怪我させられたりするんだけどさ……これが最終的に主人公の説教によって回心し、「自分も夢に向かって頑張るね」的な和解に至るんだよ!!! すごい、なんかジャンプ漫画みたい!!!!! 天才かもしれない!!!!!

というわけで、押切もえさんの次回作がでたらまた読むんじゃないかな、と思うに至っています。

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