カルロス フエンテス
岩波書店
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この短編集はそういうアイデンティティ云々のめんどくさい感じがなく、グイグイと引っ張る話の作りの上手さが結晶化されたような珠玉の本であるように思った。面白くて、一気に読んでしまえる。怪しくて、妖しいモダン・ホラーというか、この感じなにかに似ているな、と思ったのだが、荒木飛呂彦の描く怖さに通ずるものがある。6本の短編・中編が収録されているがそのうち、3本が密室のなかでなにかが起こっている。そういう話であり、いかにも岸辺露伴が巻き込まれそうなストーリーが展開されているように思った。あとはルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』だとか(実際、フエンテスとブニュエルのあいだには交流があったのだが)。ちゃんとオチがゾワゾワッとくる感じがあって表題作のひとつ「アウラ」なんか、スゴいね……と思う。
ちょっと異色なのが「最後の恋」という作品で、スマートな通俗小説みたいな話なのだが、屈折した感じ、ネチネチ具合が最高に良い。主人公は金持ちのジジイで、ヴァカンスをリゾート地で過ごすのに、金出して買った愛人を連れてきている。この時点でわたしは『MADURO』が言うところの「ヤンジー」を思い浮かべてしまい楽しくなってしまう。で、このジジイが若くて美しい愛人と一緒にヨット遊びに出かけると、そのヨットに若くて美しい青年が乗り合わせてくる。ジジイは、自分の愛人とイチャイチャしはじめるのを見ながら猛烈に自分の老いを実感してしまう……というそれだけの話なんだけれども、繰り返すようにフエンテスのネチネチした心理描写がとても良い。
その時になれば、暗闇の中で肉体は消え失せてしまい、若い身体と比べられることもないだろう。夜になれば、女を扱い慣れたこの手で彼女をゆっくり時間をかけてかわいがってやり、まだ経験したことのないような喜びを味わわせてやる。こういう独白が最高だし、ヤンジーそのものって感じだ。この作品は『アルテミオ・クルスの死』(復刊しないんでしょうか……)という1962年に発表された長編からの抜粋らしいのだが50年以上早かった。
セブン&アイ出版 (2015-04-24)
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