スキップしてメイン コンテンツに移動

プラトン『プロタゴラス――ソフィストたち』




プロタゴラス―ソフィストたち (岩波文庫)
プラトン
岩波書店
売り上げランキング: 10377



 プラトン強化週間の一環として読む。タイトルにあるプロタゴラスは「人間は万物の尺度である」という言葉を残したことで有名なあのプロタゴラス。この人は、当時のギリシャで当代随一のソフィストとして有名だったそうで、なんでもその巧みな弁論術を弟子に教える代わりに、ものすごくお金をもらっていたらしい。





 『プロタゴラス』では「ヤァ!ヤァ!ヤァ!プロタゴラスが(僕らのポリスに)やってきた!」という感じで、ソクラテスの教え子的なヒッポクラテスという若者が目を爛々と輝かせながら「おいらもプロタゴラスの弟子になろうと思うんだけど、ソクラテスも一緒にこない?」みたいなことを言って、ソクラテスを連れ出すのであるが、プロタゴラスが滞在している家にいくまでの道すがら「そもそも、ソフィストって何者なのよ」という風にソクラテスが問いかけはじめ、せっかく期待に胸を膨らませているヒッポクラテスをげんなりさせる――というところが面白い。





 ここから既にソフィスト批判は始まっているのであり、批判はソフィストの取り巻き連中にも及ぶのである。「彫刻家は彫刻の専門家、詩人は詩の専門家。だけど、ソフィストって一体何が専門なわけ?」とソクラテスは言う。ヒッポクラテスは答えて曰く「そりゃあもう、人に知識を授けることの専門家でしょうよ」。ここでソクラテスはヒッポクラテスをたしなめる。「君さぁ、やたらとプロタゴラス、プロタゴラスって言ってるけど、彼が本当に良い教師かなんか知らないでしょ? 大体さ、君は知識を授けてもらいにいくぐらいなんだから、プロタゴラスが良い教師かどうかなんか判断する知識もないわけじゃん? 気をつけたほうがいいよ、ホンツに……」――みたいな感じで。





 そんなわけでソクラテスははじめからプロタゴラスに対して懐疑的であり、そういうわけだからいざプロタゴラスに会ったとしても、ガチな議論バトルが始まることは必然なのである。ここで議題となるのは「徳というものは、果たして人に教えられるものなのでしょうか?」ということ。当然、プロタゴラスはそういうことを教えるのを職業としているので「何いってるの? 教えられるに決まってるじゃん!」と言うのだが、ソクラテスは「いやいや、ワスは教えられないと思うんですよ……。いや、もしかしたらワスがバカだからそう思ってるかもしれないケド……」とか言いつつ、プロタゴラスに対して、速射砲のように次々と問いを投げかけていく。





 ソクラテスの問答法とは、プラトンによって書かれたどの本を読んでも基本的には同じである。まず「ワスは恥ずかしいぐらいに無知なもんで、ひとつずつ確認しながら教えていただきたいんだケド……」という感じで始まって、問いを投げ続け、それに相手が答えていくと、相手は始めに言った答えと矛盾した答えにいつのまにかたどり着いてしまう、というものである。その矛盾に対してソクラテスは「あれ? さっきと違うこと言ってるよねぇ……?」という感じで大変嫌な指摘を行う。ちなみに『プロタゴラス』では、ある種の「何を言ってるかわからねーと思うが……」スタイルの術にハマったプロタゴラスが、ソクラテスに対してものすごくイライラしているところが面白かった。




 で、いろいろあって、最終的な決着がつかずにソクラテスとプロタゴラスの対話は終わるのだが、両者の立場の違いは明らかにされる。両者はともに、徳というものをある種の知識である、というところについては共有している。しかし、プロタゴラスがその知識を、何らかの技術と同様に、教えられたり本を読んだりすれば身に着けることができる、という立場をとるのに対して、ソクラテスは「確かに徳も知識の一種には違いないが、徳はもっと複雑で、プロタゴラスが言うように教えられればすぐに身につくようなものではない(第一そのようであったならば、もっと世の中は良くなってるだろう。ここで「徳=技術のように教えられる知識」ということは事実に則していないことが明らかにされるとするならば、そのような認識は間違っているのではないか)」というところで、プロタゴラスとは一線を画す。ただし、ここでソクラテスが「じゃあ、徳とは、どのような知識なのか、どのようにして身につけられるのか」という点についてはここでは明らかにされない*1





 全然本の内容とは関係ないのだが、このような議論が古代ギリシャでは実際におこなわれていたとするなら「こいつら、よっぽど余裕のある生活を送っていたんだろうなぁ……」と思ってしまう。まるで週に五日間「も」働いている自分の生活が、人間として間違っているのではないか……? と思われるぐらいに。




*1:このあたりは『国家』などで触れられていたか?





コメント

このブログの人気の投稿

石野卓球・野田努 『テクノボン』

テクノボン posted with amazlet at 11.05.05 石野 卓球 野田 努 JICC出版局 売り上げランキング: 100028 Amazon.co.jp で詳細を見る 石野卓球と野田努による対談形式で編まれたテクノ史。石野卓球の名前を見た瞬間、「あ、ふざけた本ですか」と勘ぐったのだが意外や意外、これが大名著であって驚いた。部分的にはまるでギリシャ哲学の対話篇のごとき深さ。出版年は1993年とかなり古い本ではあるが未だに読む価値を感じる本だった。といっても私はクラブ・ミュージックに対してほとんど門外漢と言っても良い。それだけにテクノについて語られた時に、ゴッド・ファーザー的な存在としてカールハインツ・シュトックハウゼンや、クラフトワークが置かれるのに違和感を感じていた。シュトックハウゼンもクラフトワークも「テクノ」として紹介されて聴いた音楽とまるで違ったものだったから。 本書はこうした疑問にも応えてくれるものだし、また、テクノとテクノ・ポップの距離についても教えてくれる。そもそも、テクノという言葉が広く流通する以前からリアルタイムでこの音楽を聴いてきた2人の語りに魅力がある。テクノ史もやや複雑で、電子音楽の流れを組むものや、パンクやニューウェーヴといったムーヴメントのなかから生まれたもの、あるいはデトロイトのように特殊な社会状況から生まれたものもある。こうした複数の流れの見通しが立つのはリスナーとしてありがたい。 それに今日ではYoutubeという《サブテクスト》がある。『テクノボン』を片手に検索をかけていくと、どんどん世界が広がっていくのが楽しかった。なかでも衝撃的だったのはDAF。リエゾン・ダンジュルースが大好きな私であるから、これがハマるのは当然な気もするけれど、今すぐ中古盤屋とかに駆け込みたくなる衝動に駆られる音。私の耳は、最近の音楽にはまったくハマれない可哀想な耳になってしまったようなので、こうした方面に新たなステップを踏み出して行きたくなる。 あと、カール・クレイグって名前だけは聞いたことあったけど、超カッコ良い~、と思った。学生時代、ニューウェーヴ大好きなヤツは周りにいたけれど、こういうのを聴いている人はいなかった。そういう友人と出会ってたら、今とは随分聴いている音楽が違っただろうなぁ、というほどに、カール・クレイグの音は自分のツ...

土井善晴 『おいしいもののまわり』

おいしいもののまわり posted with amazlet at 16.02.28 土井 善晴 グラフィック社 売り上げランキング: 8,222 Amazon.co.jpで詳細を見る NHKの料理番組でお馴染みの料理研究家、土井善晴による随筆を読む。調理方法や食材だけでなく食器や料理道具など、日本人の食全般について綴ったものなのだが、素晴らしい本だった。食を通じて、生活や社会への反省を促すような内容である。テレビでのあの物腰おだやかで、優しい土井先生の雰囲気とは違った、厳しいことも書かれている。土井先生が料理において感覚や感性を重要視していることが特に印象的だ。 例えば調理法にしても今や様々なレシピがインターネットや本を通じて簡単に手に入り、文字化・情報化・数値化・標準化されている。それらの情報に従えば、そこそこの料理ができあがる。それはとても便利な世の中ではあるけれど、その情報に従うだけでいれば(自分で見たり、聞いたり、感じたりしなくなってしまうから)感覚が鈍ってしまうことに注意しなさい、と土井先生は書いている。これは 尹雄大さんの著作『体の知性を取り戻す』 の内容と重なる部分があると思った。 本書における、日本の伝統が忘れらさられようとしているという危惧と、日本の伝統は素晴らしいという賛辞について、わたしは一概には賛成できない部分があるけれど(ここで取り上げられている「日本人の伝統」は、日本人が単一の民族によって成り立っている、という幻想に寄りかかっている)多くの人に読んでほしい一冊だ。 とにかく至言が満載なのだ。個人的なハイライトは「おひつご飯のおいしさ考」という章。ここでは、なぜ電子ジャーには保温機能がついているのか、を問うなかで日本人が持っている「炊き立て神話」を批判的に捉え 「そろそろご飯が温かければ良いという思い込みは、やめても良いのではないかと思っている」 という提案がされている。これを読んでわたしは電撃に打たれたかのような気分になった。たしかに冷めていても美味しいご飯はある。電子ジャーのなかで保温されているご飯の自明性に疑問を投げかけることは、食をめぐる哲学的な問いのように思える。

2011年7月17日に開催されるクラブイベント「現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」のフライヤーができました

フライヤーは ナナタさん に依頼しました。来月、都内の現代音楽関連のイベントで配ったりすると思います。もらってあげてください。 イベント詳細「夜の現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン」