エチエンヌ ジルソン
みすず書房
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アベラールは12世紀の初頭にパリ大学に勤める大人気教師で聖職者。一方のエロイーズのほうは美人で勉強もできる良いところのお嬢さんとしてヨーロッパ各地でも名前が知られるぐらいの有名人。エロイーズはもともとアベラールの生徒であり、生徒に手を出したという時点でなかなかにクズなのだが、そのうち、ふたりの間に子供が生まれる。できちゃったわけだし、アベラールのほうでもエロイーズが他の男に取られてはかなわない。すわ、結婚だ、という話になるわけだが、そうすんなりとは話が進まないところにアベラールのさらなるクズっぷりがある。
ジルソンはここで当時の聖職者や哲学者にとって結婚がどのような意味があったのかを詳らかにしている。聖職者の結婚の条件には、教会からお金をもらう権利を破棄すればOKという感じであったそう。ただ、アベラールは教会の階位的には下のほうにいたから、あまりこれは関係ない話だった。彼の収入はパリ大学の教師がメインだったので、結婚しても収入面になにか影響があったわけじゃない。しかし当時は「結婚なんか二流の人間のやること(だって結婚したら仕事に集中できないじゃん)」という観念があった。それゆえにアベラールはなかなか結婚に踏み切れなかった。つまり自分の体面のためにケジメをつけなかっただらしない男、ということになる。
それで怒ったのがエロイーズを家に住まわせていた叔父さんである。叔父さんとしては、面目を潰されちゃってるわけですよ。それでアベラールに圧力をかけて、ケジメをつけさせるわけです。あえなくアベラールはエロイーズと結婚するわけですが、その結婚も秘密裏におこなわれていた。世間的には叔父さんの面目は回復してないわけ。「あのふたり、ちゃんとした関係じゃないんでしょ?」と世間から思われちゃっている。だから、叔父さんは秘密裏の結婚について世間に言いふらすのね。「いや、彼らはちゃんと結婚してるんですよ」と。それで困ったアベラールは、エロイーズを修道院に入れちゃう。
この行為に対して叔父さんが激怒し、アベラールを襲撃、おちんちん切除……と相成るわけですが、これ自業自得じゃないのか、って思った。大事な姪っ子をそんな風に扱われるし、面目は潰されるしで、叔父さんの怒りのほうが断然共感できるでしょ。そりゃあ、おちんちん切除は、ひえっ、となるけども、切られてもねぇ……と思う。エロイーズも良いとこのお嬢さんだったのが、修道院に入れられちゃうし、ひどい目にあいまくっている。相当に苦労しているのに、それでもアベラールを愛しているところに「なんで!?」としか思えない。まるで加護ちゃんばりの不幸っぷりであった……。
こうした悲恋というかグズグズの痴情を、歴史的なものとして扱うジルソンの手腕もスゴくて、最期のまとめの部分を読んで、わたくし、ちょっと魂消ました。アベラールとエロイーズのお話が、ヤーコプ・ブルクハルト的な歴史観を崩すものとして使われてるのだ。ブルクハルトは中世を「宗教的なものに支配された非人間的な時代」として語り、ルネサンスはそうした非人間性からの回復なのだ、とする。これに対して、ジルソンは「アベラールとエロイーズは中世の人物じゃん! この愛の模様もまた非人間的なものなんすか! どうなんすか!」というのね。えー、すごいところにオチを持ってきたな、と思っちゃいましたよ。
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