作家の想像力と闘う

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重力の虹〈1〉
重力の虹〈1〉
posted with amazlet on 06.11.23
トマス・ピンチョン Thomas Pynchon 越川芳明 佐伯泰樹 植野達郎 幡山秀明
国書刊行会
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 トマス・ピンチョンの作品を読むのは大変だ、と思う。何せ本は文庫になっている『スローラーナー』以外は結構高価なものだし、『重力の虹』の2巻なんか絶版になっているせいでお目にかかることも稀だ。しかし、こういう問題点は意外となんとかなる。高価な本でも古書店で探せば結構安く手に入るし(私の持っている『競売ナンバー49の叫び』は友人がブックオフで100円で売っていたのを回収したのをコーヒー一杯で譲り受けたものだ)、割と大きな図書館にいけば大概『重力の虹』ぐらい所蔵しているはずだし(1巻だけ先に手に入れてしまっていた私は大学の図書館で借りて読むことができた)。


 もっとも解決し難い「読むことの困難さ」は、そもそも「《理解すること》が難しい小説である」ということに尽きる。直線的に進まないストーリーは、数々の脱線を挟み、登場人物も多すぎて「小説の全体像」が掴みづらい。だから「これは○○という感じの小説だった」と読者は感想を着地させることがなかなかできない。大体長い。『重力の虹』なんて2段組で1000ページ近くあるから途中で飽きたりするのかもしれない。でも、私はそういう「困難さ」を乗りこえて、もっと色んな人がピンチョンの小説を読むべきだ、と思う。『重力の虹』をいつまでも市立図書館の暗い書庫に眠らせておくことなく、貸し出されるべきだ、と。そして、眠らせておくぐらいなら俺にくれ、と言いたい(2巻だけで良いですから!)。


 こんな風に熱く語ったからと言って、私が『重力の虹』で「涙を流した」とか「猛烈に感動した」とか言うわけではない。というかむしろ、この小説はそういった「共感」なんかとは一切無縁の話なのだと思う。B級映画やメロドラマのエッセンスをモンタージュ的に繋ぎ合わせた「《無意味さ》の怪物」とでも言えば良いだろうか。まず「第二次世界大戦下のイギリスで、主人公がセックスした地点に必ずドイツのV2ロケットが着弾する……」という設定からして「お前、それ大の大人が考えることか!?」と作家に質問状を送りたくなるようだ。小説中に繰り広げられるのも、耳を塞ぎたくなるような下ネタや失笑してしまいそうなぐらいバカ話ばかりで本当に酷い。けれども、そのバカなネタの数々はどれも我々の想像力をはるかに超えたバカだから「面白い!」となる。私が最も好きなのは「精液を塗りたくると文字が浮かんでくる秘密文書(受取人の性的嗜好に合わせたエロ写真付で、見た瞬間射精してしまう!)」というバカアイテムが登場するシーンなのだが、もう「あり得なさ」の過剰が爆笑を誘って良いのだ。


 ただ、ピンチョンが小説中で展開する「想像力」もまた「読むことの困難さ」を生んでいる、と思う。諸刃の剣的なものと言ってもいいかも知れない。読者にとって「未知なるもの」が頻発するということは、我々はその度にそれをどうにかして処理しなくてはいけないのだ。「精液で文字が浮かぶ秘密文書!?なんだそれ!?」だとか「ハイドンの弦楽四重奏曲に《カズー》四重奏曲変ト短調なんかあんの?(もちろんそんなものは存在しない)」だとか。それは浅はかな私の心理学的知識から考えても「疲れるよな」という話だ。我々の脳味噌はカテゴリー的な認識によって逐次的な認識を回避し、認知的なリソースを節約している。ピンチョンの小説では、それができない。


 逆に言えば安易に「共感/理解できる小説」というのは、その程度の読書にしかならない、ということだ。「あー、すごいこの登場人物の気持ちが分かるなぁ」と共感できること、それはつまり既にそういった感覚が既に自らのなかに存在することに他ならない。小説は内容は「共感」という言葉に回収され、カテゴリー的に処理されてしまう。それで終わりだ。私が「共感を呼ぶ恋愛小説」だとかを退けるのも、それが新しい感覚を呼び込まない(それによって『面白い』と思えない)、と信じているからでもあるけれど。だってなんか「そういうことってあるよねー(わかるー!)」って友達と不味いコーヒー啜りながら喋ってる女子大生と変わらないじゃないか(そういう楽しさも分かるけれど、喫茶店に何時間もいたらケツが痛くなるし……)。


 ピンチョンが書くような小説はそれとは異なる。それは「読書」というよりも「作家の想像力との闘争」みたいなものじゃなかろーか、と私は思う。そして、そういう刺激的な読書をしなくては!と常々感じる。殺るか殺られるか、そういうギリギリの読書がとても楽しい。あと「共感できる」とか「泣けるよねー」とか言えるような本ばっかり読んでる人は、Yoshi読んでいる中高生をバカにできないと思うのね。チルってる場合じゃねーんすよ!





2 件のコメント :

  1. 今さらで申し訳ありません。このエントリーを読んだとき、一字一句同意しました!
    あと…重力の虹の2巻が絶版と聞いてショックです。ぼくは1巻しか持ってなくて「長いからあとで…」と思っていたので。

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  2. ありがとうございます!まぁ、さすがに体力がないと私も読めませんが……。
    『トリストラム・シャンディ』が重版される昨今ですから、待っていればそのうち出るでしょう……。

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